2005年05月31日

増田明美の「好きになった人」

増田明美は美人である。
まず、声が美人である。
マラソンの解説で彼女が話しているのを聞くと、ああ、実況中継も一人でやってくれればいいのに、とよく思う。
次に、姿勢が美人である。
いつもシャンとしている。
こんなに姿勢がよくなるなら、自分でもマラソンをやってみようかな、と思うくらいだ(思うだけだが)。
そして、なんと言っても気持ちが美人である。

かなり前のことだが、TVの物まね番組に何故だか彼女が出演することがあった。それも、審査員としてではなく”物まねをする人”としてである。
経緯は不明だが、とにかく彼女は何番目かの”物まねをする人”として出て来て、華やかな振袖にマラソンシューズといういでたちで(確か)都はるみの「好きになった人」を歌い始めた。
これはもう、何というのか、奇跡的というにふさわしい、素晴らしい光景だった。
”〜さよーなーら、さよなあらー”と思いもよらぬ美声で歌いながら、やや右上方に向けた顔の辺りに片手をかざし、両目はそれとは逆のもっと上のあらぬ方向の宙を彷徨わせるという、都はるみをデフォルメする際のまあ定番を踏襲しながらも、彼女は何と、隙あらば、振袖の着物の裾からのぞかせたマラソンシューズに否応なく突き動かされるように、ステージ上を右へ左へと、まるでゴムまりのごとく走り回るのであった。
それは、まさに赤い靴をはいた(踊りを止めにしてしまうことの出来ない)バレリーナのようだった。
僕は思わずのけぞって、そして叫んだ。
「カッコイイ!」

それ以来、僕は彼女のファンである。「大」とつけるとなんだかニュアンスが違ってしまうのでつけないが、とにかく、かなり好きなのである。
歌い終わった彼女は、演者が集まるステージ上の円形の場所で心底楽しそうに笑っていたが、その後二度と、いわゆる色物番組に、あのような形で出演している彼女を見ることはなかった。
たまたま僕が知らないだけかも知れないのだが、そんな潔さもまた、彼女を美人たらしめている要素のひとつなのだな、と思うのである。


posted by og5 at 20:10| 秋田 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月30日

「タッチ・オブ・スパイス」〜クミンでは当たり前に過ぎるから

映画「タッチ・オブ・スパイス」で、後半、主人公のファニスが祖父の入院している病院を訪れるシーンからいきなり会話が英語に変わったのが気になって、Wikipediaでトルコ共和国、ギリシャ共和国、そしてキプロス共和国の使用言語を調べてみたら、何のことはない、それぞれトルコ語、ギリシャ語、トルコ語とギリシャ語であり、居住地によっては両者を使い分けている、という至極当然な結果しか得られなかった。

ではなぜファニスは再会したサイメと英語で会話したのか。そればかりではなく、何故彼は、サイメの夫ムスタファや「ギリシャ人専門病院」の医者や大学教授とも、トルコ語あるいはギリシャ語ではなく英語で話したのか。

すぐ頭に浮かんだのが、ギリシャに移り住んだので子供の頃話していたトルコ語を忘れてしまった、という可能性である。
しかし、そもそもファニスがトルコ語で少年期を過ごしていたのだとすれば、これはあり得ない話だと思う。というのも、ファニスがギリシャに移り住んだのは赤ん坊の頃ではなく、すでに少年になり初恋さえ経験した後だからである。
しかも、彼はサイメにせっせと葉書を書き送っている。同じく彼等がかつてトルコ語で会話していたという前提に立てば、やはりそれはギリシャ語ではなくトルコ語で書かれていたはずである。さらに、教師に語尾変化のことで注意を受けたのも、トルコ語が話せないからではなく、ギリシャ語に上手く適応出来なかったからである。
トルコ語は話せず、サイメとはギリシャ語で話していたがそのギリシャ語はトルコ訛りの特殊なものだった、ということであれば筋は通るが、それでは今度は、何故再会後彼等がかつて共有していたその特殊なギリシャ語で会話しなかったのかが判らなくなってしまう。

トルコではギリシャ語が禁止されていたのだろうか。いや、あの往来の自由さ、客員教授として受け入れられるという事実、「英語」は許容されている不思議。つまり、彼等はトルコ語でもギリシャ語でも話すことが出来たのに、あえて英語を使ってコミュニケーションをとっていた、としか考えられないのである。

では、それはファニスの意思によって引き起こされたことだっただろうか。
自分達を追い出したトルコの言語を使いたくなかった。だが、ギリシャ語を話すということにアイデンティティを見い出すこともまた出来なかった、というような可能性。つまり、他の人々があえて英語で話すファニスに合わせて自分達の使う言葉を選んでいた、という可能性である。
だが、僕にはそうは思えない。ただ漠然とだが、ギリシャ時代のファニスもそんなに不幸ではなかった、と思うからである。
最愛の祖父やサイメと離れ離れに暮らさなければならなかったり、大好きな料理を禁じられたり、サイメから葉書の返事が来なかったり、学校生活に適応出来なかったり、様々な「問題」はあった。だが、それが彼をトルコあるいはギリシャへの憎しみに駆り立てたとは僕には到底思えない。確かに彼の大事なものは、彼の大嫌いな制服を着た税関吏にチョークで永遠に消えない傷を付けられる(と語られる)。全てのことが彼を抑圧し、何一つ彼の望むようには事が運ばないように見える。
しかし、彼には愛に溢れた家族や親戚がいて、ひそかに料理を作ることの出来る場所(バルバラの売春宿)もあったではないか。
取り巻く状況(「実際そうとしか出来なかった」)ではなく、ファニスの意思でもなく、もちろん他の人々の意思でもあり得ないとすれば、それはいったい誰の「意思」だろう。

そして、答えはやはり映画の中にあった。
「肉団子にクミンはよく合うが、合い過ぎて食べた人がそれで満足してしまい、内にこもってしまう〜」という祖父の言葉を僕はかみしめる。

「タッチ・オブ・スパイス」は、しみじみとした独特のユーモアを持った映画だった。そのしみじみとした感覚は、「人生の光と影」を、静かに、全て、生きるということに必要なスパイスとして受け入れる、登場人物達の姿勢によってもたらされた素晴らしい味付けであり、同時に全てでもあった。
僕には、この作品を、政治的あるいは宗教的なメッセージを持ったものとして受け取ることは個人的にとても出来ない。それではなんとも底が浅過ぎる。
しかし、それが素朴な願いなら理解出来る。
この作品の監督であり同時に脚本も手がけたタソス・ブルメティスは、もちろん、何か新しくて素晴らしいことが始まるきっかけとなるよう料理人が肉団子にシナモンを入れるように、ギリシャ映画に英語の会話というスパイスを振りかけたに違いない。
親指と人差し指、そして中指をファニスの祖父のように擦り合わせながら。
posted by og5 at 20:45| 秋田 ☁| Comment(3) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月28日

「我輩はカモである」〜ドライなドライなマルクス兄弟

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マルクス兄弟の存在を知るきっかけは久保田二郎の「20世紀号ただいま出発」だったが、その時はそんなに興味を持ったわけではなかった(歳が若かったせいか、あるいは単に想像がつかなかっただけかも知れない)。
しかし、次に彼等の名前を目にした小林信彦の「世界の喜劇人」で、そのギャグの実際をより具体的に垣間見ることにより、僕は完全に彼等に夢中になってしまった。

80年代に僕は映画の自主上映サークルに入っていた。
この会は、会合でメンバーがそれぞれ観たい映画を推薦し合い、多数決で次回上映作品を決定するというシステムをとっていた。
「世界の喜劇人」によってマルクス熱に冒された僕は、やがて執拗にマルクス兄弟の「我輩はカモである」をこの会合で推薦し続けるようになり、そして何度も落選した。
無理もない、と思う。フィルムセンターには、まだ観たことのない「名画」がたくさんあったし、それらの多くの作品が当時4万円台で借りられたのに、このふざけた題名のコメディはなんと5万円もしたのだ。
だが、熱意さえあれば何とかなるものである。僕があんまりしつこいのに他の会員が根負けしたのか、ついに、このマルクス兄弟最大の問題作は、秋田で上映の瞬間を迎えることになったのである。
評判は悪かった。というよりもほぼなかった。これは予想通り。
しかし、スクリーン上のマルクス兄弟は、いろんな意味で僕の予想を遙かに超えていた。

兄弟の中で僕が一番好きなのは、ヨレヨレのコートの中から何でも取り出すハーポ。
手当たり次第に人の服の裾や帽子をちょん切る鋏、投げ上げられたレコードを何の脈略もなく突然撃ち砕く拳銃、誰かが葉巻をくわえると素早く(親切にも)取り出される火のついたガスバーナー、失望や抗議やその他あらゆる感情を表すことの出来るオプショナルクラクション、そして腹に描かれた犬小屋の絵の中からは、なんと本物の犬さえ顔を出して「ワンッ!」と吠えるのだ。
ハーポは、生涯映画の中で声を発しなかったという。この禁欲的なアイディアは強烈だ。そして、きっとこのしばりがあったからこそ、彼はこんなにも豊かな表現を映画の中で繰り広げられるようになったのだろう。

次に好きなのがグラウチョ。
鼻の下にドーラン(それとも靴墨?)で大袈裟なヒゲを描いた黒縁眼鏡のこの男は、今さっきまで、クネクネと身体をくねらせて未亡人に言い寄っていたかと思うと、次の瞬間にはもう、何か新しい儲け話はないかと考えてでもいるのか腰を低く落として、何とも言いようのない実に独特な大股でそのへんを歩き始めている。
この男は狂っている。そして、その狂い方は、「大事なネジが何本か外れてしまっているせいで歯車がおかしな回転をしているが、しかし決してスピードが落ちたり回転自体がストップしてしまったりするようなことはなく、どちらかというと以前にも増して回転のスピードが速くなっている」というような感じの狂い方である。そして、ハーポが言葉を持たないのと対照的に、彼はとにかくしゃべり続ける。というか、通常我々が言葉として認識しているものによく似た何かを口から発し続けるのだ。

イタリア訛りで話すチコは、この二人に比べると地味ではある。特にこの映画では得意のピアノの曲弾きも見ることは出来ない(何故かハーポもハープ演奏をしていない)。が、彼は言葉を発しないハーポの大事なスポークスマンであり、強烈過ぎて何処に行ってしまうか判らない二人を上手いこと話の本筋に戻す貴重な存在だと僕は思っている(彼等は元々は5人兄弟だそうだが、映画には3兄弟あるいは4兄弟として出演している。この作品には4人目のマルクスであるゼッポも出演しているが、彼は、残念ながら非常にノーマルな人物である。

ウディ・アレンの「ハンナとその姉妹」に、悩みを抱える主人公がこの「我輩はカモである」を観るシーンがある。マルクス兄弟の馬鹿ばかしい行動を見ているうちに、彼は「悩む」ということになど全く意味なんかない、と思えるようになる。
そして、彼は救われる。
そうだ、マルクス兄弟は強力に湿気を奪い取る。彼等の笑いにはペーソスはない。ドライなドライなギャグがあるだけである。

マルクス兄弟の映画を観て僕達が奪い取られた湿気は、いったい何処に消えてしまうのだろう、とふと思う。
もしかしたら、ハーポのコートの中には、大きな大きな海があるのかも知れない。
あるいは、砂漠が。

彼等の映画やギャグの魅力についてはまた別途。

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posted by og5 at 20:05| 秋田 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月26日

ニックネームあれこれ

芸能人、あるいは有名人にはよくニックネームが付けられる。親しまれている度合の現れ、いわゆる人気のバロメーターというやつであろうか。

古いところでは榎本健一のエノケン、似た流れでいくと遠藤賢司のエンケン、小沢健二のオザケン、ちょっと違うが萩原健一のショーケン、あとハマコーにクドカンにキムタクか。適当に並べてみたら何故か高確率で最後が「ケン」で、ケンなんとかという名前はこのスタイルのニックネームを付けられやすいのだろうか、などとちょっと考えてみる(そう言えば、松平健のマツケンもそうだ。あと、ネプチューンのホリケンもこのタイプだが、今芸名を思い出せない)。

あとあるパターンは、名前がただ少し変化して愛称になったもの。和田アキ子のアッコさん、浜崎あゆみのあゆ、堺正章のマチャアキ、松浦あやのあやや等々。それから、名字が変化したもの、ダウンタウンの浜ちゃん松ちゃん、DONDOKODONの売れている方のグッサンなんてのもあるが、やはりどこか近しさが「××ケン」のパターンと異なるような気がする。「××ケン」には、なんだか正当な日本の芸能界を感じるのである。

ところで、エノケンほど古くはないが、昔伴淳三郎という人がいて伴淳と呼ばれていた。愛称を活字で読んだ記憶がないのでもしかしたら本当はカタカナになっているのかも知れないが、僕の印象は何故か漢字である。これも独特のニュアンスがある。

また、ものすごく不思議なのが「モリシゲ」である。僕はこれをずっと名字と名前をドッキングさせたエノケンと同じタイプのニックネームだと思い込んでいたのだが、実はただの名字であることに少し前に気付いて大いに驚いた。

森繁久彌は、実は当時YAZAWAやアムロと同じ感覚で受け止められていたのかも知れない、などと勝手なことを考えてまた意味のない妄想の世界に入り込む。

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小沢健二 スチャダラパー

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※最近また噂を聞かなくなった、大好きな小沢健二のアルバムである。

posted by og5 at 00:10| 秋田 ☀| Comment(7) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月22日

それは、いた。

今回の大阪行きは、カエターノ・ヴェローゾのコンサートが主目的だったが、コンサート当日(15日)の朝、第二の目的であった岡本太郎の太陽の塔を見るためにエキスポランドに出かけた。
心斎橋のホテルから乗り換えに苦労しながらエキスポランドへ。
およそ30分後、列車の窓からそわそわと身を乗り出すようにして左前方を見ていた妻が、突然「いた! いた!」と叫ぶ。
最初僕はそれを見つけることが出来なかったが、列車が駅への到着を前に大きく左側にカーブを切った直後、妻が今度は進行方向に向かって右側の窓を指さしてまた叫んだ。
それは、薄曇りの空を後ろに従えるように屹立していた。僕は何故だか、怪獣映画のよくあるシーンを思い出していた。
都会のビルの谷間や、田舎の遠い山々の向こう側から、異形の巨大なものがヌッと上半身を見せている・・・。その有様は、だから「あった」というよりも、やはり妻が思わず叫んだように「いた」である。
これは、異常な光景だ。
僕はワクワクすると同時に、ある種の恐ろしさに胸をドキドキさせていた。
思ったよりも多い人の流れに乗って長い坂を下って行くと、何車線もある広い道路や線路をはさんで、その向こう側にそいつはいて、そして僕達が歩く姿を追いかけるようにゆっくりとその角度を変えていく。
妻はもう泣いている。
僕ももう泣きそうだ。
太陽の塔だ。

太陽の塔.jpg太陽の塔は、1970年、大阪万博のために岡本太郎がデザイン・制作した一大モニュメントだ。
当時、国産ウィスキーのCMに出演して「顔はいつでも新しい!」と叫んでいた彼を評して、友人の一人が、「あんなこと言いながらいつも同じ顔じゃないか」と言っていたのを思い出す。
当時の僕は、それに何と応えることも出来なかった。確かに、太陽の塔の顔も、グラスの底にある顔も、同じといえば同じに見えた。だが、今目の前にあるその顔は、そんな生やさしいものではなかった。
岡本太郎にとって、たくさんの異なるバリエーションの「顔」を創ることなど何の意味もないことだったろう。一見同じに見える顔、だが、それはわずか数歩歩き見上げる角度を変えるだけで、全く異なる表情になる。不機嫌な王様が泣きかけの赤ん坊になり、そして空を見上げる悲しそうな横顔の若者になる。そして、多分、それは季節によって、天気によって、一日の中でさえ、朝なのか、昼なのか、夜なのかによって、様々な表情を見せるのだろう。グラスの底の顔も、ウィスキーの量、氷の大きさ、部屋の照明、そして何よりそのグラスを手にする人間の心によって、様々な表情を見せたのだろう。
そう、やっぱり顔はいつでも新しい。

僕達はまたここに来なくてはならない。またここに来て、そしてこいつの新しい顔を見なければならない。それまでこいつはここに立っているだろうか。あるいは、僕達はまだ、こいつの新しい顔を見たいと思うような、そんな僕達でいられるだろうか。いや、その時、仮にこいつがもうここにいなくなってしまっていても、僕達はここに来よう。それは、きっとまた新しいこいつの顔だから。
そう思える自分達でいよう。
そんなことを考えていた。

太陽の塔を見上げながら、「これを一人で作るなんでどんなに大変だったろう」と呟いた僕に、妻はすかさずツッコミを入れた。
「んなアホな!」

太陽の塔は、大阪に棲んでいる。
posted by og5 at 13:34| 秋田 | Comment(2) | TrackBack(1) | 芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月19日

映画の中の運動会

B00005R22H小さな恋のメロディ
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「小さな恋のメロディ」のDVDを観た。
この映画は大好きな映画で、映画館公開時もテレビ放映の際も観ているのだが、やはりあの運動会のシーンでは泣いてしまった。
ビージーズの「To Love Somebody」にのせて描かれるこのシーンは、マーク・レスター演じる主人公ダニーの感情の高ぶりが、音楽のクライマックスと相乗効果を成して観る者の心に迫ってくる。

そう言えば、阪東妻三郎主演の「無法松の一生」でもやはり僕は運動会のシーンで泣いている。
こちらは、坂妻演じる人力車夫・松五郎が、密かに思いを寄せる未亡人の息子のために走りに走る姿を躍動感たっぷりに描いていて、そのあまりに見事な走りっぷりに、僕はただただわけも判らず感動させられてしまっていたのだった。

走るといえば、これは運動会ではないが、去年観た「笑の大学」にも印象的なシーンがあった。
喜劇の台本を検閲している堅物の検閲官(役所広司)が、だんだん話の中に引き込まれていき、ついには自らアイディアを出したり演じてみたりするところまで行ってしまう。
そして、検閲室で座付き作家(稲垣吾郎)を相手に泥棒を追いかける警官を演じているうちに、彼はやがて嬉々として、まるでメリーゴーランドのように部屋の中を回り始めるのである。
もちろん、僕は泣いた。

何故走るシーンにこんなに弱いのだろう。
オリンピックの100メートル走やマラソン競技を見てもそんなに感動はしないから、虚構の中で登場人物の何かを走るという動きを通して表現する、という映画の仕組みにやはり秘密はあるのだろう。

ちなにに、スポーツが苦手な僕は実生活では運動会が大嫌いだった。
B0001M3XGU笑の大学 スペシャル・エディション
役所広司 三谷幸喜 星護 稲垣吾郎

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posted by og5 at 19:34| 秋田 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月17日

Both Sides Now

B00005HGSH青春の光と影

ジョニ・ミッチェル

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ジョニ・ミッチェルは、1969年に発表された彼女の2枚目のアルバムに収められている「Both Sides Now」の中で、過ぎゆく時とともに移り変わる人の心について歌った。
もう子供ではなくなりただ無邪気なだけではいられなくなってしまったことを知り、傷つけ傷つけられることで愛の意味を考えるようになり、そして人は誰もが同じようにそうして変わっていくが、その変わり方は一人ひとりそれぞれに全く違うのだということを知る。
単純でシンプルなこの曲に触れるたびに僕が胸をえぐられるような感覚に襲われるのは、この曲がまさしく人生というものの真実を歌っているからに違いない。
この曲の邦題は「青春の光と影」という。

僕は15日の日曜日、大阪フェスティバルホールで行われたカエターノ・ヴェローゾのコンサートに行って来た。
素晴らしいコンサートだった。
そして僕は、多くのブラジル音楽を耳にする時に感じる「ある感覚」に改めて思いを馳せた。
それは、「人生の光と影」とでも言うべき特別な感覚である。
カエターノ・ヴェローゾという人は、ボサノヴァやサンバだけに拘ることをせず、彼が尊敬するミュージシャンの曲であれば何でも貪欲に取り入れる人である。今回も、彼は他の多くの作曲家達の曲を歌った。そして、僕はそれらの曲にも全て同じように「人生の光と影」を感じた。

それは何もブラジル音楽特有のものではないのかも知れない。しかし、僕はそれをブラジル音楽を聴いた時に特に強く感じるのである。
例えば、歩き疲れて立ち寄った街中のカフェで流れている、曲名も演奏者も定かではないボサノヴァにも僕はそれを感じる。明るい曲調の中に哀愁が漂い、悲しいメロディの奥底に、それでも生きていることの幸せがしみじみと流れている。

大人になることは、10代の中頃に考えていたよりもずっと素晴らしいことだった。
悲しいことや辛いことも多かったけれど、それと同じだけの楽しいことや嬉しいことがあった。
ただ、それを青春のただ中にいる時は感じることができなかった。
青春に光と影があることは判ったけれど、だからこそ人生は素晴らしいとまではとても考えられなかったのだ。
人間は、多分そのようにできている。

10代の僕は20歳になるのが厭だった。20代の、そして30代の僕は、次の10年間を新たに迎えることをとても重荷に感じていた。
だが、40代後半の僕は、今、早く50代の自分を見てみたいと思っている。
僕は多分、いやきっと、人間的にどう成熟してきたのかというようなこととは全く別次元で、ものすごく幸せなのだと思う。

「青春の光と影」を「青春の喜びと悲しみ」、あるいは「青春の幸せと不幸せ」に置き換えることはできない。
光の中にも悲しみや不幸があり、そして影の中にもまた喜びと幸福が存在するからだ。
カエターノ・ヴェローゾの音楽のように。
B0000W3OMEアントロジア~オールタイム・ベスト
カエターノ・ヴェローゾ

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posted by og5 at 18:51| 秋田 ☁| Comment(4) | TrackBack(2) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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