2006年03月11日

徒然なるままに

津島佑子の「ナラ・レポート」を読んでいる間中、僕はまるで音楽を聴いているような心持であった。物語の中にも実際「歌」が出て来るけれど、そんなことではなくて、何だか全体が幾重にも重なり合いもつれ合った「音」に感じられたのである。そして、大仏について「大昔のブッダと呼ばれた外国人を記念して作られた」と語られた時、僕の胸は興奮のためにドキドキと大きく高鳴ったのであった。

昨日の秋田魁新報夕刊には笑わせられた。石川好の「眼」と「芽」というコラムのせいである。今回のお題は「社長ごっこと党首ごっこ」。メール問題に右往左往する民主党とライブドアの旧経営陣を「人間が未熟であったからだ」と断じている。まあそれはいい。それはいいのだが、同コラムにおいて石川が去年、秋田の元気のなさを嘆いてみせるその引合に「山形国際ムービーフェスティバル」を持ち出し、その審査委員長であった(当時の)ライブドア代表取締役社長堀江貴文についても「好意を持って」紹介していたような気がする僕は、「この人は本当に・・・」とただただ呆れてしまったのである。

黒木瞳は美人ということになっている。僕もそう思っていたし、また好きでもあった。しかし、最近彼女を見ているとどうにも居心地が悪くてしょうがなくなってしまう。彼女は一体何が目的なのだろうか。何が目的であれら一連のコマーシャルに出ているのだろうか。黒木瞳の出演するCMは何故かみな似たテイストを持っている。彼女はきっと自分が大好きだ。何だかその度合いがちょっと異常な気がして、多分僕にはグロテスクに見えてしまうのだろうと思う。

小屋の脇にあるイチジクの木が一月からの大雪に埋もれていた。以前は太かった木が病気にやられて根元から切られ、その切り株からそれでも芽が出てやがて枝となり去年は何個かの実をつけるまでになっていたのに、その2メートルほどの枝が今年は固いザラメ雪に押しつぶされて青い新芽が痛々しく斜めに突き出ていた。「折れているかも知れないね」と妻とも話していた。諦めていたと言ってもいい。しかし、今日気まぐれを起こしてスコップで周囲の雪を除けてみると、何と90度以上グニャリと幹を曲げながらも、このイチジクは決して折れてはいなかった。確かに、細い枝には千切れかかってブラブラしている箇所もある。しかし、それでも芽はしっかりと膨らんで、早い春の陽を静かに受け止めていた。

ナラ・レポートナラ・レポート
津島 佑子

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posted by og5 at 17:39| 秋田 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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