2006年05月31日

一番ありがたいサービス

ガソリンスタンドであれこれサービスされるのが嫌いである。
給油所なんだから、速やかに油だけ入れてくれればいいと思う(何かして欲しいことがあればこちらから言うし)。
が、しかし、世の中僕のような人間ばかりではないらしく、油屋の人々はとにかくこれでもかこれでもかと奉仕にこれ努めるのであった。

この前など、窓を拭きたいというから黙認していたら、突然「窓の仕上がりはよろしいでしょうか?」と訊かれて驚いた。
最初、僕にはその店員が一体何を言っているのかさっぱり理解出来なかった。実際二度ほど聞き返した。それくらい僕にとってそれは予想外の質問だったのだが、つまり彼は、頼まれもしないことをやった挙句、「私の拭き方が気に入らなければどうぞ指摘して下さい(やり直します)」と言っていたのである。
「単なる車の窓拭きによろしいもよろしくないもあるものか。普通に拭け、普通に!」と僕は思い、そしてちょっとイラッとした。ちょっとイラッとして、それから「もう二度と拭いてくれるな!」と願った。
何か特殊なよからぬことでもされるのではないか、と少なからず(本気で)心配になったのだ、僕は。

ガソリンを入れる以外のことを一切しないガソリンスタンドというのがあれば、多少値段が高くても僕は間違いなくそっちを選ぶだろう。
「余計なサービスをしないサービス」が一番ありがたい。

※そんなにサービスされるのが嫌なら四の五の言わずにセルフサービスのスタンドに行け、というのは正論である。しかし、困ったことに、僕はあのセルフサービスというのが、サービス過剰の店よりも更に不得意なのである。
理由は上手く言えないけど、何だか恥ずかしいのだ。
posted by og5 at 22:24| 秋田 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月30日

BADFINGER

僕は食事をしていたのである。
していたのであるが、テレビを観ていてあまりにも不愉快になったので、逃れるようにして二階に上がり、今こうしてパソコンの前に座っているのである。

その不愉快の素は、フジテレビのニュース番組の中の1コーナーとして放映されていた、「ウチの娘はスターの卵 熱闘!子どもオーディション」というビデオである。
まだ10歳にも満たない「ガキ」を、さる大手レコード会社のオーディションに合格させようと髪振り乱している親供がいる。またその狂った親供に乗せられて、その子供達はまだ8歳かそこらだというのに「エロ可愛いを目指してる」だの「セクシー系がどうしたの」とほざいているのである。

「金が欲しい! 金が欲しい!」という呻き声が聞こえる。「一攫千金! 濡れ手で粟!」という下心はもはや隠すべき羞恥ですらない。開き直れさえすれば、この世は楽勝お茶の子さいさいである。
そうさ、働こうと思えば働けるにも関わらず、生活保護を受けてグータラ生きようと思えば誰だってそう出来るのだし、実際そうしようと画策する人間はこの世にはいくらでもいるのだ。
いや、しかし、そんなやつ等でさえ、この「スター予備軍」親子よりはまだましかも知れない。だって、彼等は恥知らずな上に「見栄」まで持っているように僕には思えるから。

ああ、大きな大きな親指が欲しい。
でもまあ、その特大親指は、僕自身でさえ捻り潰してしまうかも知れないのだけれども。

※あ、これ「親指」じゃない!
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posted by og5 at 21:38| 秋田 🌁| Comment(2) | TrackBack(1) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月28日

編み上げ靴なら大変、という話

「動物ホテル」というタイトルだったろうか。昔ジョークの本で読んだ話を思い出した。
あるホテルに泊まった犬だか豚だかが、夜眠ろうとすると毎夜決まって聞こえて来る上階からのドタドタという音に悩まされ続け、ついに何夜目かに堪忍袋の緒を切らして支配人に苦情を申し立てる、そんな話だった。
支配人と一緒に部屋に乗り込んでみると、上の階の客というのが実はムカデで、騒音はそのムカデが毎夜ベッドに入る前に何足もの靴を脱ぐその音だったというのが「落ち」である。

こんな話を思い出したのは、今晩、風呂に入ろうとバスタブの蓋をバラバラと空けると、湯舟のお湯の中でじたばたともがく一匹のムカデを見つけたからである。
小さなムカデだった。そいつは、お湯の中で(多分)百本の足を必死になって動かして、何とかして事態を好転させようと(文字通り)足掻いていた。
僕は、溺れるムカデを初めて見た。

あんな姿で生きるのはどんな気分がするものだろうとふと考える。
笑い話の中のムカデは、確か旅から旅のセールスマンだったが、靴代だって馬鹿にならないだろうと思うわけである。
posted by og5 at 23:12| 秋田 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

僕は「ご立派な愛」が嫌い

今日、デヴィッド・クローネンバーグの「ヒストリー・オブ・バイオレンス」を観て来たのである。そして、別に思い出さなくてもいいのに、先週観たフェルナンド・メイレレス監督の「ナイロビの蜂」を思い出し、改めて昨日見た新聞の同映画大ヒット上映中の広告に対する違和感が甦ってしまったのである。

辰巳琢郎「今日私が死ぬとしたら迷うことなく生涯ベスト1。」、おすぎ「愛の深さに胸を打たれました。」、林海象「奇跡とよべる映画の1本。」、大高博幸「エンタテインメントの枠を超えた強烈な問題作。」、デーブ・スペクター「知的で抑制の効いた大人の映画。」、吉田ルイ子「限りなく癒される広大なロマン。」、浜村淳「崇高な人間ドラマがいま、地球をかけめぐる。」……。

しかし、ジョン・ル・カレの原作を、大傑作「シティ・オブ・ゴッド」のメイレレスが監督した「ナイロビの蜂」を観た僕の感想は、残念ながら「ご立派過ぎて近づけない」であった。
確かに、音楽を効果的に使ったスピーディな場面転換やハンディ・カメラ(?)による臨場感溢れる現地の人々の雑然たる生活の切り取り方、そしてケケケと鳴きながら逃げ惑うニワトリを追う冷徹なカメラなど、いかにもこの監督らしい表現はあったと思うのだが、しかし、やはりどうしても僕にはみんなが絶賛するあのテッサという女性が好きになれなかったのである。

正直に言えば、テッサは迷惑な女である。激情型で立場をわきまえない。不正を見過ごすことの出来ない正義感に溢れた人物なのかも知れないが、ただ単に我儘なだけなような気もする。僕は直感的に「追憶」のバーブラ・ストライザンドを連想したが、あのケイティという女性にはまだ苦悩する人間らしさがあった(というか、そういうところもきっちりと描かれていた)。
アフリカで何が行われていようと、僕ならまず自分の生活・安全が第一だ。まして、自分の行動により愛する家族が危機に陥ることが明らかなのだとしたら、もはや考慮の余地さえない。それを卑怯と言われるなら、甘んじて受け入れるしかないのだが……。

新聞広告に話を戻せば、僕には、「愛は、強く、ひるまず、過酷な結末をも受け入れる。人々はそれを愛の勝利というが…。」という丸山和也弁護士の感想だけが唯一まともに思えた。
僕は、「ナイロビの蜂」で描かれているものが「愛」だとも実は思っていないのだけれど、少なくとも丸山弁護士には他の人達には見られない「戸惑い」があるように思えるのだ。

別にあれを「愛」だと言って感動してもいいのだし、また「ヒストリー・オブ・バイオレンス」とわざわざ(全然関係ないのに)比較しなくたっていいのだが、今日、決して「ご立派」ではないが真摯で実に人間臭い「愛」を強く感じたので、何かひと言「ご立派」側に言いたくなってしまったのである。
(「ヒストリー・オブ・バイオレンス」は、6月9日まで、秋田FORUSシネマパレで上映中)

※こちらは文句なしに素晴らしい!
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posted by og5 at 19:33| 秋田 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リリックで、そして「極北」〜吾妻ひでおの「失踪日記」

失踪日記失踪日記
吾妻 ひでお

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吾妻ひでおの「失踪日記」を読んだ。
帯の惹句によれば、第9回文化庁メディア芸術祭大賞受賞、第34回日本漫画家協会賞大賞受賞、「このマンガを読め!2006」(フリースタイル)第1位、「このマンガがすごい!2006」(宝島社)第3位である。

かつて「ビッグマイナー」と称された漫画家は、いつの間にか失踪しルンペンになっていた(「夜を歩く」)。一旦保護され仕事に復帰したものの再び失踪し、今度は何故かガス会社の配管工になる(「街を歩く」)。極め付けはアルコール依存症になり精神病院に入院させられる「アル中病棟」で、「全部実話です(笑)」とはにわかには信じ難い程強烈なエピソードばかり並んでいる。
冒頭本人も言っているように、「リアルだと描くの辛いし暗くなるからね」ということで、かなりデフォルメされ、本当に悲惨な部分はやはり語られてはいないのだろうが、それにしてもよくぞここまで赤裸々に描いてしまったものだと呆れずにはいられない。

今時珍しい丸っこい描線で描かれた悲惨な物語は、しかしとにかく面白い。そして、飄々とした語り口で紡がれているものは、諧謔味に満ちた、決して厭世的になることのない一篇の「詩」だ。
「野生の」ダイコンをしゃくしゃくと食べ天プラ油をきゅっと一杯やる「シケモク」生活を送りながら、「ちち」と鳴くめじろに、「めじろよ」「楽しいか?」と語りかける。正月を間近に控えたある日、吾妻の使う火の気配を怪しんだ近所の団地の住人の追跡を逃れた野宿の朝、雑木林の木々、林と団地を斜めに切る道路のこちら側の斜面に半身を起こすと、そこは一晩のうちに降り積もった一面の雪景色……。「ファーブル昆虫記」を読んだ時に感じた綺麗な何かと同じものを、僕は確かに「失踪日記」にも感じていた。
これは、やっぱり「詩」だ。

「ファーブル昆虫記」に擬して言えば、「夜を歩く」が専ら自らの生態研究に重点が置かれているのに比べると、「街を歩く」や「アル中病棟」はより「観察日記」っぽくなっている。ここで観察されているガス会社の同僚や懲りないアル中患者達の生態は、本当に何か珍種の昆虫を観てでもいるかのように面白く、そして怖ろしい。人間関係にべたべたしない吾妻ひでおの語り口と、この柔らかいちょっとレトロなタッチの画がなかったら、この作品はとても成立し得なかっただろうとつくづく思う。

しかしまた一方では、その丸い表現方法で表される精神の崩壊する図(度々出て来るアルコール依存症の禁断症状。大好きだったはずの女子高生までが怖くてしょうがないという切迫した状態や頭からグニャグニャしたものが溢れ出している様子など)が、僕には怖ろしくて怖ろしくて堪らなかった。それは僕に、昔「ガロ」誌上に掲載された、一切駄洒落を使わない(それどころか台詞らしい台詞もない)高信太郎の悪夢のような作品を思い出させた(題名は忘れてしまった)。
「失踪日記」は、ユーモラスかつリリックであると同時に、「極北」でもあるのかも知れない。

※入院後半の話をまとめた続編も予定されているという。
 今から楽しみにしています。
posted by og5 at 11:26| 秋田 ☁| Comment(3) | TrackBack(1) | 本・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月23日

「砂の女」の非・不条理な世界

砂の女砂の女
安部 公房

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何というリアリティであろうか。
安部公房「砂の女」を読み終わった瞬間に、そう思った。

もう45年も前の小説である。当時の日本は高度経済成長時代の真っ最中、この作品が発表された二年後にはあの東京オリンピックが開催される、そんな時代である。
しかし、小説「砂の女」に昭和のそのような高揚した気分など微塵もない。何しろ、物語の舞台となるのが殆ど全編砂丘のすり鉢状の穴の底にあるあばら家なのだ。登場人物も、ほぼ二人だけと言ってよい。砂に埋もれたあばら家に住む奇妙な女と、その蟻地獄に足を踏み入れて逃れることが出来なくなってしまった男……。
男は教師で、新種の昆虫を発見しようと休暇を利用してこの砂丘にやって来る。ほんの一泊させて貰うつもりで、村人に促されるまま縄梯子を降りたのが運のつき、「砂の女」との生活が始まるわけである。

物語はエロスに満ちている。
この穴の底では、人は常に汗と砂にまみれ、そして倦怠感に覆われている。昼と夜は逆転し、夢と現実、生と死はその明確な境界線を失う。罠に堕ちた男と同様、女も飼われている存在であることに変わりはない。しかし、女は諦念し、動物のように現実的である。砂漠の中のほんの微かな水分にも生を享受出来る蠍か昆虫のごとく、ただ生きて行くことが可能なのである。その生が生々しい。女が笑いながらしなを作る時、わけありげに振り返りその後ふと視線を外す時、意味などない、意味などなく、そこにはただ生きるための本能があるだけなのに、男は考える。理屈を、思惑を、そして言い訳を……。

「砂の女」は、優れたサスペンス小説でもある。
当然ながら、男はどうにかして蟻地獄から逃れようとする。まずは単純に砂の壁を登ってみようとし、それが無理だと判ると今度は女をなだめたりすかしたり、また時には身動き出来ないよう縛り上げ、それを楯に穴の上の村人達と取引をしようとしたりして、必死の抵抗を試みる。その姿はまるで、鉄壁を誇る収容所に収監されたレジスタンス運動家のようでもあり、また同時に、未だ解いた者のいない証明問題を、あらゆる切り口から仮定と推論を繰り返し解明しようと苦悩する数学者のようでもある。僕達はハラハラドキドキしながら男の行動を見守り、独白に耳を澄まし、無謀な賭けに興奮し、そして落胆する。

なるほど、これを映画化しようとした時、岸田今日子という女優がそこにいたのは実に幸いだったのだ(岡田英次という役者の存在もまた)。僕はまだ勅使河原宏による映画「砂の女」を観てもいないのに、そう確信している。
それにしても、これは断じて「不条理小説」ではない。実は、この小説においては、不条理なことなど何一つ起こってはいない。そう思い、そして、物語の冒頭から終わりまでをもう一度頭の中で辿りながら、その見事な「非・不条理性」に僕は愕然とするのだ。
もう一度言おう。
何というリアリティであろうか。

砂の女 特別版砂の女 特別版
岡田英次 岸田今日子 勅使河原宏

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posted by og5 at 21:30| 秋田 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月21日

レッツ・ゴー・ドーナッツ!

サディスティック・ミカ・バンドサディスティック・ミカ・バンド
サディスティック・ミカバンド サディスティック・ミカ・バンド

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サディスティック・ミカ・バンドのデビューアルバム「サディスティック・ミカ・バンド」が発表されたのは1973年のことである。中学三年の時、デビュー・シングル「サイクリング・ブギ/オーロラ・ガール」を、音楽のレコード鑑賞の時間にかけてクラスのみんなにソッポを向かれ悔しい想いをしていた僕にとっては、待ちに待った(正に待望の)「本格的ミカ・バンド」であった。

今見ても強烈なジャケットである。真っ赤な洪水に椰子の木やハイビスカスの花、そして高級ホテルまでもが飲み込まれ流されているようなギラギラした光沢のある二つ折りジャケットを開くと、そこには撮影用の南国風書割を背景にバナナを食べたりマンボを踊ったりして各々ポーズを決めているメンバーが写っており、その中の一人(小原礼?)が着ているアロハシャツの柄が実は表ジャケットの「真っ赤な洪水に飲み込まれた高級リゾート地」と同じデザインなのである(by WORK'SHOP MU!!)。

音は、当時のグラム・ロックの影響を受けてか何ともカッコよく歪んでおり、それがまた本来あまりロックには向いていないと思われる加藤和彦のボーカルをいい按配にカモフラージュしている。収録曲の基本的コンセプトはあからさまに「スペイシー」。曲名も、「宇宙時計」だの「空の果てに腰かけて」だの「銀河列車」だの、いかにもそれらしいのが並んでいる。
サウンド的には、シングルB面の「オーロラ・ガール」がモロT・レックスだったのに比べるとかなりバラエティに富んだものに変化しており、ラテンやレゲエのリズムとグラム・ロック的ブギーが独特なセンスで融合されていて実にカッコイイ。
僕は当時、その震え声と曲調のお伽話的感覚の類似性により「トノバン」と呼ばれていた加藤和彦が、ドノバンからマーク・ボラン(T・レックス)、そしてグラム・ロックというイメージの繋がりからサディスティック・ミカ・バンドに到ったのだろうと勝手に想像していたのだが、今にして思えばここには既に後にソロとして展開される彼の無国籍でモダン、かつノスタルジックな「味」が垣間見えている。

さて、改めてこのアルバムを聴いてみて感じるのは、何といっても加藤ミカの存在感と魅力の大きさである。例えば、「ダンス・ハ・スンダ」など彼女がメインでボーカルをとっていない曲においてさえ、コーラスで「ボッボッシュワッボッボッシュワッ♪」と彼女の声が聞こえて来た途端に何かが化学反応を起こす。「快傑シルバー・チャイルド」の嬌声や笑い声が、実はアルバム全体を支配しているのだ。
意外なことに、このアルバムでミカが(普通の意味における)リード・ボーカルを務めるのは、唯一、アルバムラストを飾る「ピクニック・ブギ」(これまた最高!)のみである。しかし、その声の魅力は、2ndアルバム「黒船」の「タイムマシンにおねがい」や「塀までひとっとび」など、結局はこのバンドの曲の中でも最も長く愛されることになる代表曲に引き継がれて行く。

加藤和彦とミカの離婚により、ミカ・バンドはあっけなく解散してしまう。後年、サディスティック・ミカ・バンドは、桐島かれんや(最近では)木村カエラをボーカルに迎えて、それぞれ一時的に再結成・再々結成することになる。しかし、僕にはそれはやはりサディスティック・ミカ・バンドではない。ワクワクしない。ギラギラしていない。ロックじゃない。第一(当然ながら)「ミカ・バンド」じゃない。

高橋幸宏が、ミカ・バンドをつまらないバンドだったと言っているのを聞いたことがあるけれど、そしてその真意については想像するしかないのだけれど、僕にはそれは多分にミカに関わること、あるいはミカの存在によりバンドが抱えることになったであろうジレンマに関する発言であったように思われる。しかし、ミカがいなければ発生し得ない興奮といかがわしさと愛嬌が、音楽性や技術の高低だけでは語れないミカ・バンドの魅力だったと僕は信じているし、ロックというある意味捉えどころのない音楽にとっては、楽譜には決して表現されることのないそういう非常に属人的な魅力も、実際の「音」と同じくらいに、いや時と場合によってはそれ以上に大切で不可欠な要素なのではないかと思うのである。

何てったって、サディスティック・ミカ・バンドは、ミカの「レッツ・ゴー・ドーナッツ!」という叫び声から始まったのである。
posted by og5 at 13:10| 秋田 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月16日

「お笑い」徒然

かつてジョー・コッカーは「幻のギター」を弾いていると言われたものだが、長井秀和が弾いているのは一体何だろう。歯切れはとてもいいのに、何故かすごく所在無げである。

アンタッチャブルの山崎には怖くて仕事を頼めない。コピーを頼むと新幹線に乗って何処か知らない町へ行ってしまいそうである。そして、その町で老舗の団子屋など始めそうである(何故か最初から「老舗の」団子屋)。

アンジャッシュの二人組みはとにかく好青年だ。ごく普通にそのへんの中堅会社にでも勤めていそうである。だからあの二人のコントは嘘臭い。こんなまともな若者がこんな変な勘違いをするわけがない、といつも思ってしまうのである。

その点アンタッチャブルの山崎は得である。どんなあり得ないシチュエーションでどんなあり得ないことが起こっても、あの顔を見るだけで納得してしまう。でも、やっぱり怖くて仕事は任せられない。

急に古い(人の)話になるけれど、この前実に久し振りに車だん吉を見た(確かネプチューンの番組)。岩がん太はどうしているのだろう(車だん吉はその昔「たんくだん吉」と名乗っており、岩がん太と「コント0番地」というコンビを組んでいた)。

今一番見たいのは、長井秀和がやる「バイオハザード」のキャラクターの動きの真似だったりする。

どうして爆笑問題の太田は政治とかの話をああもしたがるかなあ、と思う。ああいう太田光は好きではない。僕の中では、コンビニの雇われ店長になり損ねた男・田中の株がどんどん上がっている。
posted by og5 at 23:46| 秋田 ☔| Comment(4) | TrackBack(2) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月15日

ガトリフは、多分音楽として映画を作っている

ベンゴベンゴ
アントニオ・カナーレス トマティート ラ・パケーラ・デ・ヘレス

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僕は「テーマ」に重きを置いて映画を観ることを極力避けようとしている。どんなに深刻で重要な事柄に突き動かされて作られた映画であろうと、映画として力がなければ問題外だと思う。逆に、何一つ大事なことなど言っていなくても、いい映画はいい映画としてちゃんと成り立つものなのだ。そういうことを信じている。
僕が困るのはそのどちらとも言い難い映画の場合である。そう、例えばトニー・ガトリフの作品のように。

僕は、「愛より強い旅」のラストシーンを信じない。あんなことは自己開発セミナーでもよく起こることだと思う。ある非日常的な経験を通して本当の自分を見つけたような気がする。中にはそれで本当に変わることの出来る人もいるだろう。しかし、多くの場合においては時の流れと共にまたいつもの自分に戻ってしまう。それが普通である。
僕はまた、「ガッジョ・ディーロ」のラストシーンを信じない。第一、あの(母親から仕送りをして貰っている)男が、何故自らの存在(今まで生きて来た歴史)を捨ててまでロマにこだわらねばならないのかが理解出来ない。映画だから説明はなくても構わない。しかし、納得はさせて欲しいと思うのだ。反ロマは最初から「悪」なのか。ならば僕にはあの映画を観る意味はない。決して理解し合うことの出来ない平行線を描こうとしているのか。それにしては思い入れはどうもロマ側に偏っているようだ。ただ一つ確かに言えるとすれば、僕にはロマニーと一緒に暮らすことなど到底出来ないということだ。

しかし、僕は「僕のスウィング」のラストシーンを信じる。あそこにあるのは本当に本当のことで、それ以下でもまたそれ以上でもない。彼等はすれ違い、多分もう二度と会うことなどないのかも知れないが、それは決して不幸ではない。マックスはスウィングを(二つの意味で)結局は理解出来なかったのであり、それはしょうがないことなのだ。
僕はまた、「ベンゴ」のラストシーンを信じる。全編を通して語られるあの映画における相互理解の不全は感動的ですらある。そこにあるのは「孤独」だ。そして、それがやり場のない「情熱」と共にある時、僕達はそのあまりに深い闇に呆然とする。この映画においても物語それ自体はごく断片的にしか語られない。それぞれのエピソードは思わせぶりに途切れ、決して僕達にその全貌を見せようとはしない。しかし、僕はそれでも少しもためらわずカコの物語に入って行くことが出来る。それは、「ベンゴ」においてトニー・ガトリフ監督が誰をも善と悪とに分かつことがないからである。

これ等は全て「テーマ」に特化して僕が今回観たトニー・ガトリフ四作品に関して感じたことである。では、「テーマ」としてではなく「映画」としてはどうか。
トニー・ガトリフ監督のアーカイブ特集を観て僕が何よりも強く感じたのは、これは音楽によって映画を構築しようとする試みなのではないかということである。
そもそも、映画と音楽は常に密接に関わり合って来た。サイレント映画からトーキー映画に移行してからはもちろんのこと、サイレントの時代においてすら(上映に際し会場内で映像とは別に音楽を流すという形ではあるけれど)いつでも音楽は映画に寄り添って来た。また、映画にはミュージカル映画というジャンルもあるし、ある音楽家(ミュージシャン)の人生や演奏会(あるいは野外コンサート等のイベント)そのものを記録するドキュメンタリーという形式も確立しており、そういう意味における「音楽映画」ならば今までにも数限りなくあったわけである。
では、それら既存の「音楽映画」とガトリフ映画は何処が違うのか。
単純に言ってしまえば、ガトリフ映画は映画自体が音楽なのだ。そして僕はそれを「ベンゴ」に特に強く感じるのである。

僕は「テーマ」に違和感を覚えながらも、「映画」としてのトニー・ガトリフ作品に抗えない。しかも「テーマ」に限っても、僕は「愛より強い旅」が、そして「ガッジョ・ディーロ」が大嫌いなのに、また同時に大好きでもある。僕は、こんな変わった映画を無知故かあまり他に知らない(肌合いとしては、あえて言えば北野武映画に似ていると言えなくもない)。
僕は困っている。トニー・ガトリフを好きか嫌いかと問われれば、僕は間違いなく「好き」と答えるしかないのである。

ベンゴベンゴ
サントラ トマティート レメディオス・シルバ・ピサ

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posted by og5 at 21:31| Comment(3) | TrackBack(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月14日

さらば、円楽

「笑点40周年記念!さらば円楽スペシャル」で、円楽師匠の(文字通り)最後の大喜利を観た。
補助の歌丸と並び司会席に座った円楽は、自らの隠居にちなんだ問題に答えるレギュラー・メンバー達のいつも以上に失礼な回答の数々に、実に嬉しそうにゲハハゲハハと笑っていた。

強烈だったのは、「さらば!」と言って去って行く円楽さんにひと言というお題への、「羨ましいなあ。これからはいよいよ種馬ですか」という小遊三の迷回答(すかさず「もう種なんかありゃしないよ」という歌丸の見事なチャチャあり)。「山田クンも一緒に連れて行って下さい!」というたい平の答えも可笑しかった。
また、「あの時は何々して御免なさい」とメンバーが円楽に謝り「まだあるだろう!」と突っ込まれて更にひと言というお題では、木久蔵が、「円楽さん、司会なんか誰にでも出来るって言って御免なさい」と答え、円楽の「まだあるだろう!」に、「私でも出来ました」とやって大受けしていたのにも笑った。
総体的に円楽をおちょくるのがメインの内容であったが、愛に溢れていて思わずしんみりとした。

退院した直後には既に引退が決定していたようだ。本人の弁として「人の名前が憶えられなくなって・・・」、と新聞の記事には書いてあったが、司会者として復帰する時に、「私なんかどうでもいいんです。私は単なる司会者ですから」と言っていた円楽としては、記憶があやしくなることでそういう心遣いが出来なくなるのが堪えられなかったのかも知れない。
僕には円楽は少し「重過ぎる」が、それもまた「美学」であろう。

司会を引き継ぐ歌丸も腰の手術をするというし、こん平もどうやらいよいよ正式にたい平にレギュラーを譲るということになる気配だ(メッセージによれば、身体の方は卓球が出来るまでに回復しているのだが、とにかく話すことがまだまだ不自由なのだという)。
僕は何となく、今日実家に行った時の、「近頃テレビを観ても笑うことがない」という父の話を思い出していた。
「笑点」だって元々はお遊びのようなものであり、本来の落語家の芸というものとは少し違うのだけれども、僕にはこれはもうスタンダードなのである。

「皆さん、もう少しそのまま頑張って下さいね」

と、僕は心の中でそっと呟いた。
posted by og5 at 22:46| 秋田 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月12日

さよなら、スウィング

もっと速く、いや速過ぎる
もっと速く、まだ速過ぎる

壁の割れ目に唾を飛ばして
スプリンクラーにお尻をスウィング
ジャンクギターと君と一緒に
川にはまってゲラゲラスウィング
君が囁く僕のアサガオ
舟に浮かべて波間でキッス

もっと速く、いや速過ぎる
もっと速く、まだ速過ぎる

耳を近づけ大きなアサガオ
ギターを弾けば列車もスウィング
あの世に行ってもリズム刻んで
ステージの上で指先スウィング
花とギターと寝ぐらも一緒に
メラメラ燃えて煙とダンス

さよならスウィング、いや早過ぎる
ゲラゲラスウィング、まだ早過ぎる
さよならスウィング、僕のスウィング
まだ早過ぎる
スウィング スウィング

※「僕のスウィング」に感激して(「トニー・ガトリフ特集」、秋田市シアタープレイタウンにて5/14まで)。
      ↓
僕のスウィング僕のスウィング
チャボロ・シュミット トニー・ガトリフ マンディーノ・ラインハルト

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posted by og5 at 23:39| 秋田 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

春の季節と「Back Seat」

最近、風呂に入っている時など、ほんのひと月程前には気付かなかった窓の外の色々な音が、何だかやけにくっきりと聞こえて来るようになったなあ、としみじみ思う。
遠い何処かで車が走り出す音、列車がレールに刻むリズム、踏み切りの信号のカンカンいう繰り返し、近所の家で子供を叱る母親の金切り声、その後に続く泣き声、ピアニカの北国の春、犬の遠吠え、「何」とは特定出来ないけれどずっと聞こえている空気のざわざわいう感じ・・・。
空気が冴えざえと澄み切っている冬の方が、ごみごみした春よりも遠くまで音が届くものと思っていたけれど、それは僕の単なる思い込みだったのかも知れない。
風もなく、生温い春に世界が満たされているこんな夜には、僕は何故だかふとムーンライダーズの「Back Seat」が聴きたくなる。

「Back Seat」という曲は、ムーンライダーズの1979年のアルバム「MODERN MUSIC」に収録されている。
「MODERN MUSIC」はとても地味なアルバムだ。サウンド的には確かにテクノ時代の音をしているのだが、何処か暗く沈んだ雰囲気に包まれている。そしてそれは、決して「Back Seat」や「鬼火」といったモノクロームな風合いの曲のせいばかりではなく(いや、むしろそのせいではなく、と言うべきか)、その他の本来ならもっと楽しげに聴こえてしかるべき曲を聴いた時にこそ感じる不思議な肌触りなのである。
一向に気持ちは高揚しないが、しかし鬱々とすることもまた決してない、この上なくクールなこのレコードが僕は大好きだ。

「Back Seat」は、妻殺しあるいは恋人殺しの歌だと僕は勝手に確信しているのだが、何故だかそこには静かな安堵感が漂っている。
どうしてこんな気持ちのいい季節に、人を殺めてしまった男の歌など聴きたくなってしまうのか、その理由は僕にはよく判らない。

MODERN MUSICMODERN MUSIC
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posted by og5 at 18:49| 秋田 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月10日

西暦2006年5月9日、10日の覚書

昨日一昨日と福島に出張だった。
行き帰りの新幹線の中や福島駅で、あるいは会議中に思ったこと、気付いたこと。

福島には福島面(づら)の人が多い。
似た顔の人をたくさん見た。
あたりを見回せば、あの顔もこの顔も福島面だ。
秋田面というのもある。
柳葉敏郎などは典型的な秋田面だと思う。
青森にもやはり青森面があるが、同じ東北でも山形や岩手、それに宮城ではあまりそれと思い当たる「面」を見た記憶がない。

サイ・リバコフ/バーバラ・リバコフ共著、池央耿訳の「ボブ・ディラン」を読んだ。
昭和49年初版発行で、僕が持っているのはかなり前に友人から貰った昭和53年の第五版。
相当古いが最高に面白くてぐいぐい読んだ。
心にもぐっと来た。
それで今「ザ・フリーホイーリン・ボブ・ディラン」を聴いている。

友近は、どのようなシチュエーションのどのような人物を演じても、結局友近にしか見えない。
というか、友近が誰かを演じているという状態を演じている友近にしか見えない。
あんまりゆるぎないのでびっくりし、そして疲労する。

何かの開通式のようなものが催される時には、大抵お偉いさんがたくさん集まって記念のテープカットがとり行われる。
昔はせいぜい2〜3人で、大きなリボンもその人数分あって、リボンとリボンの間を各々が鋏でもって一斉にチョキンとやったものだ。
近頃ではお偉いさんが増え過ぎて、リボンの数も馬鹿にならない。
テープの部分が見えなくなるほどたくさんのリボンがぶら下がった紅白のテープに、びっしり身体を密着させたモーニング姿のお偉いさん達がぎこちなく鋏を入れる。
みんなニコニコと、実に嬉しそうで、その子供のような笑顔を見ていると、思わず「誰が一番偉いの?」と声を掛けてみたくなる。

ジャージャー麺は美味しい。
posted by og5 at 23:28| 秋田 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月07日

「ヤァ!ヤァ!ヤァ!」とビートルズはいっぺんにやって来た

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僕が、一番最初にビートルズの曲をそれと意識して聴いたのは中学一年の時だった。
場所は、サッカー部の熊谷君という同級生の家で、曲は「ロック・アンド・ロール・ミュージック」だったと記憶している。しかし、熊谷君がかけてくれた彼の兄貴のレコードは、「ビートルズ・フォー・セール」ではなかった。ジャケットにはビートルズとは全く関係のないテナー・サックスの写真が使われていて、今にして思えば、あれはレコード会社が自社の最新推薦曲をまとめて一枚にし放送局に配った、いわゆる「試聴版」と呼ばれるものだったのかも知れない。
実は、曲の印象もそれ程なく、憶えているのは、その後で僕と熊谷君が下手なギターを掻き鳴らしながら「漕げよマイケル」を一緒に歌ったということくらいである(この曲はEだけで弾ける当事の僕の得意曲であった)。

僕が中学二年になった頃には、ビートルズは既に解散してしまっていた。
友達と一緒に汽車に乗って読売ホールまで「レット・イット・ビー」を観に行き、その帰り道何故かみんなでオノ・ヨーコに憤慨していたのも、だからその頃のことだろう。
十条製紙の社宅に住んでいた友達の家に僕達はよく集まり、そこでビートルズのレコードをたくさん聴いた。古いものから新しいものまで、それこそごちゃまぜに。
「オールディーズ」、「マジカル・ミステリー・ツアー」、「ヘルプ!」、「ビートルズX」、「ミート・ザ・ビートルズ」、「ラバー・ソウル」、「アビイ・ロード」、「ビートルズがやって来る」・・・きりがないからもう止めるけれど、とにかく何でもかんでも。
実際には、それ以前に既に怪しい「ロック・アンド・ロール・ミュージック」を聴いてはいるのだが、僕の印象としてはビートルズは正に「ヤァ!ヤァ!ヤァ!」とこの時いっぺんにやって来たのである。

僕が自分自身で一番最初に買ったビートルズのレコードは「リボルバー」だった。
クラウス・ブアマンによるあのジャケットが、とにかく最高にかっこよかった。中袋が黒い紙製で、真ん中にアップルの(あのB面が断面になっている)マークが見える。ライナー・ノーツは故・福田一郎が書いていた。
次に買ったのは多分「赤盤」、それから「セカンド・アルバム」である。
夕刊配達のバイトで買った安物のステレオのスピーカーを部屋の窓全開にして外に向け、ボリューム最大で「シー・ラブズ・ユー」をかけた。おまけにそのまま外に出て、家からどれくらい離れた場所まで聴こえるか確認してみたりした。何のためにそんなことをしたんだろう、と今思えば顔から火が出るくらい恥ずかしいが、いっぺんに押し寄せたビートルズという波を、いやその興奮を、「世界」に向けてどうにかして叫び伝えたかったのだと思う。

その「世界」とは一体何だったのだろう、と僕は今考えているのだが。

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posted by og5 at 16:55| Comment(6) | TrackBack(2) | 記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月06日

猫の脚の問題

かなりの歳になるまで、僕は猫の脚というものについてある勘違いをしていた。まあ、これは別に猫に限った話ではなくて、犬でも同じことなのだが、僕がその勘違いに気付いたのが我が家のアホ猫を飼い始めたのがきっかけだったので、とりあえず「猫」と言っているわけである。

僕は、猫が常に爪先立ちで歩く動物だということを知らなかった(というか、意識したことがなかった)。で、あの歩く時地面につける肉球のある先端の部分だけを足の裏だと思っていた・・・。
これが僕の勘違いである。
話を後脚に絞ると判り易いと思うのだが、つまり僕は、人間でも爪先立ちをすると地面から浮く仕組みになっている踵の部分を勝手に膝だと思い込んでいたわけですね。

人間の膝が前に向かって山折れになっているのに対し(僕の勘違いベースだと)「猫の膝」は谷折れだということになってしまうわけで、これはもう明らかに不自然なのだけれど、しかし思い込みというのはおそろしいもので、一関節ずつ順繰りにずれたこの猫の脚関節を、僕は「そういうものなのだ」とごく自然に納得してしまっていた。猫というのは不思議な生き物だなあ、などと感心さえしていたのである。

これって僕だけですか?
って、近頃これ程どうでもいい話もないな。

※下が今問題になっている「猫の脚」の写真である。モデルは大暴れした挙句階下で毛繕いをしている。
きゃんこの足.jpg
posted by og5 at 12:06| 秋田 🌁| Comment(2) | TrackBack(1) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月05日

この道はマイ・オンリー・サンシャイン

「似てる歌」に僕は結構敏感である。
最近では、「いいちこ」のコマーシャルで流れるビリー・バンバンの曲を聴く度に、ああこれって「サウンド・オブ・サイレンス」だあ、と勝手に思って面白がっている。似ていてもいいのだ。別にそれに難癖付けようなどとは思っていない。実際、あのビリー・バンバンの曲は凄くいい曲だし、大好きでもある。ただ、似ている曲を見つけるのが好きなのである。

「サウンド・オブ・サイレンス」といえば、由紀さおりの「夜明けのスキャット」もかなりのものであった。もちろん、大好きな曲である。
上戸彩の「アテンションプリーズ」第1話の冒頭を観ていた時、いきなりスージー・クアトロの「ワイルド・ワン」を演奏するシーンが流れて来てびっくりしたが、それが榊原郁恵の「夏のお嬢さん」にそっくりで、またまたびっくりした。そんなこともある。

昨日だったか一昨日だったか、テレビ番組のBGMで流れていた曲がある日本のスタンダードと同じメロディを持っていることに気付いた。
流れていたのは「ユー・アー・マイ・サンシャイン」で、その出だしの一節が北原白秋・山田耕筰の「この道」と全く同じメロディだったのである。
「ユーアーマイサ〜ンシャ〜ィン♪」という部分と「こ〜の〜みち〜は〜♪」という部分。

一節ずつ交互に歌詞を取り替えて歌うのが僕の今のトレンドである。

君の詩君の詩
ビリーバンバン 葉山真理 菅原進

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posted by og5 at 23:31| 秋田 🌁| Comment(6) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

楽しい冬ごもりの後に

秋田県仁賀保市で、山菜採りの親子が熊に襲われ父親が大怪我をしたそうである。今年はブナの実が不作で、こんな年には熊が人里に下りて来易いのだという。
それにしても、このようなニュースを見た時、襲われた人間ではなく熊側に同情してしまうのは何故だろうか。怪我を負った方には本当に申し訳ないのだが、どう考えても熊を責める理由が見当たらないのである。

僕は山菜が大好きだ。一昨日の夜も、花見後の食事会で家族揃って訪れた「ん。」で美味しい山菜をあれやこれや頂き大満足だったし、昨日は昨日で「さしぼ」のおひたしに舌鼓を打った。だから、人間が山菜を食べることにはもちろん異論などあるわけもないのであるが、しかし、それでも、山では熊の方が優先順位が高いだろうと単純に思うのである。

山菜採りを生業としている人達はまだしも、素人があまりでしゃばらない方がいいと思う。熊には死活問題でも、趣味で山菜を採る人間にはそれは単に趣味でしかないだろう。ならば「遠慮」することだ。食べるため、すなわち生活するためではない「狩り」はよくないとも思う。
趣味で人間を襲う熊などいはしないのだから、人間も趣味のために熊の生存を脅かすべきではない。

がんばれ! ベアーズがんばれ! ベアーズ
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posted by og5 at 18:09| 秋田 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ラーメン食べたい

昭和30年代の子供達にとって最も馴染み深かったラーメンといえば、もちろん「ベビーラーメン」(現在の「ベビースターラーメン」)である。「ベビーラーメン」は、今のようにスーパーやコンビニではなくもっぱら駄菓子屋でしか売られていない当時の子供達の「定番おやつ」の一つであった。
「ベビーラーメン」をボリボリ食べながら遊ぶ。最初のうちはもちろん汚い指で適当につまんで口へ運んでいるのだが、最後に残り少なくなった袋から直接大きく開けた口へザーッと流し込むのが楽しみだった。
今と同じ濃い橙色の袋の裏には確か「煮ても美味しく食べられます」みたいなことが書いてあったが、試しにやってみたという友達の話では「やっぱり生(ナマ)が一番」とのことであった。今思えばかなりのチャレンジャーである。

「ベビーラーメン」を買いに行くのも面倒だという場合、その代用品となったのが「日水ラーメン」である。日清の「チキンラーメン」が多分日本で最初のインスタントラーメンということになっているのであろうが、僕は大人になるまで食べたことはない。煮て食べるなら断然「日水ラーメン」だが、ナマで食べるにはちょっと濃い味で、「ベビーラーメン」にはかなわなかった。
僕は鍵っ子だったので、この「日水ラーメン」には本当にお世話になった。
僕は、「日水ラーメン」に魚肉ソーセージの輪切りをぶち込んで熱々に膨らまして食べるのが大好きだった。
インスタントラーメンと魚肉ソーセージはよく似合う。富士山と月見草くらい相性がいい。

味付け麺タイプ以外でまず思い出すのは「都一(みやこいち)」の乾麺。これにはスープの袋さえついていなかったから、位置付けとしてはインスタントラーメンではなかったのかも知れない。ただ、パッケージ(というか透明な包み紙と前面中央の濃いエンジの四角の中に書かれた「都一」の筆文字)がとても「中華」っぽくてかっこよかったのと、麺の縮れ方、カンスイの強い匂いが独特だったので、僕の中では「高級品」として確固たるステイタスを築いていた。
あと、ひと頃夢中になって食べたのが「ヒーちゃんのカレーラーメン」。これは本当にマイナーで、そもそも近所の八百屋にしか置いていなかったし、友達に訊いても誰一人として知らなかった。
そしてやや後年になるが、食べる量を自分で調節することが出来た「たらふくメン」(かなり大き目の乾燥麺の真ん中に折れ線が入っていた。システムは違うが、量の可変性という点では「ちび六」に先んじていたわけである)。「た〜ら〜ふ〜く、ヒヒヒッ」というコマーシャルも一世を風靡した(あまりにもローカルで殆ど誰も知らないだろうけどね)。

考えてみれば、幾多のラーメンが生まれては消えて行ったのだ。未だに人気を誇る「サッポロ一番みそラーメン」や「出前一丁」、そして「明星チャルメラ」などは奇跡的な存在なのかも知れない。生き残りを賭け、今インスタントラーメン界では、高級化や人気店の味再現など差別化も盛んである。試しに食べてみるとどれも本当に美味しい。それは決して悪いことではない。しかし、僕にはインスタントラーメンに対するこだわりが一つあって、それが時に美味し過ぎるインスタントラーメンを食べた僕を複雑な気分にさせるのだ。
どんなに美味しくてもいい。しかし、その奥底に何処かしら「安臭くて不味い」部分を内包していて欲しい。
これが僕のインスタントラーメンに対する願いである。

ああ、ラーメン食べたい。

※「会社のご案内>会社沿革」から、ベビーラーメンのオリジナル袋等見ることが出来ます。
         ↓
  
株式会社おやつカンパニー

※「ラーメンたべたい」という曲が入ってる矢野顕子のアルバム。
         ↓
オーエスオーエスオーエスオーエス
矢野顕子

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posted by og5 at 14:58| 秋田 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月04日

花の名前

昨日、一家揃って花見に行って来た。角館に行こうかとの案もあったが、いろいろ検討した結果、結局は近場、新屋の西中学校そばの桜並木に決定した。
開花具合が気になって前夜下見に行った。町中の桜には既に葉桜になっているものもありちょっと心配だったためだが、小さな提灯の灯りに照らされてひんやりとした夜にぼんやりと浮かぶ桜は今が盛りの満開であった。
桜は素晴らしかった。天気もよく、僕達は桜並木を見上げるベンチに腰掛けて、途中の和菓子屋で買ったみたらし団子を食べた。
新屋の花見には屋台はない。青いビニールシートを広げておにぎりを食べている家族連れなどもいるが、基本的には(本当に)ただ桜を、そしてその周囲の景色を楽しむだけである。

ここにはかつて十条製紙(パルプ)工場の廃水が流れており、辺りにはいつもすえたような強い臭いが漂っていた。当時から桜はあったと記憶しているけれど、ここで弁当を広げようなどという人間はあまりいなかった。新屋は多分日本工業地帯のミニチュアのようなものだったのだと思う。
僕は小学校三年生の頃から新屋に住んでいた。地元の学校に通うのは中学になってからだが、十三歳の僕の同級生の多くは十条製紙の社宅に住んでおり、そこには一つの確固とした文化があった。
恩恵に与り、しかし汚水はいつも身近に流れている。
誰も十条製紙の悪口を言わなかったが、夏休みに泳ぎに行った浜田海水浴場では、午後の四時を過ぎた頃、雄物川河口から流れて来るパルプ廃水が沖から押し寄せて来るその茶色の濁った海水を見ながら、僕達は自分達の立場を静かに理解しそして諦念していたのだ。
僕は特殊だったろうか。そうかも知れない。だって僕の父親は別にパルプに勤めていたわけではないから。同級生達は実はもっとドライで本能的で、僕のような「よそ者」だけがその「本能」をこうして言葉に置き換えざるを得ないのだろう。

さて、その後僕達は、新屋を後にして井川町の日本国花苑を目指した。
花見のはしごだ。
途中寄った昭和町のブルーメッセはすごい混雑で、老若男女が花の鉢や野菜や佃煮やソフトクリームや漬物やもろこしやぬれおかきを持ってウロウロしていた。
何だかんだ言って人間というのは強いものだ。そう思った。
ズラリと並べられた花の小鉢の中にとても可愛い花を見つけた。高さは15センチくらい、一本の茎の先端に紅いがくを持った白い小さな花が一つだけちょこんと咲いている。「はなかんざし」というこの花を多分僕は初めて知った。
桜もはなかんざしも生きている。その生き方は違うし、目にした人の思いもまた全然異なるのだけれど、僕にはどちらも等しくいじらしく思えてならなかった。
花を見るのはいいことだと思う。
posted by og5 at 22:33| 秋田 🌁| Comment(0) | TrackBack(2) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月01日

前を往く人

朝の通勤時間は僕にとって貴重なプライベートタイムである。家からは離れ、しかしまだ会社にはいない。僕は何者でもなく、また何者でもない(何だ、結局ナンでもないのか)。
朝の通勤路は、しかしデンジャラスタイムでもある。同じ会社の誰かと遇う確率が非常に高い。
まあ、狭い町の様々な方向から同じビルを目指しているわけであるからそれも当然と言えば当然なのだが、出来ることなら誰とも遭遇せず会社まで辿り着きたいというのもまた人情である。

何メートルか先を会社の知った顔が歩いているのを発見した瞬間ほど嫌なものはない。その歩き方がまたのろいのだ。ちんたらちんたら歩いている。
このままでは追いついてしまう。追いついたら挨拶しなくてはならない。まかり間違えば一緒にずっと話をしながら会社を目指すはめに陥ってしまう。
僕は常々思っているのだが、何故彼等の歩みはあんなにのろいのだろうか。必要以上に悠々としている。胸を張り、悠然と辺りを見回しながら、腕をゆったりと前後に振りつつ歩を進める。
まるで殿様である。

彼等は会社のビル内にも生息している(当然だけど)。
今日の昼休みも、トイレから廊下に出た瞬間、彼等の一人に遭遇してしまった。省エネで薄暗い5階の廊下の中央部分を、その男は不必要に悠然と歩いていた。背はそれほど高くないし体格もごく普通なのに、その周囲には「ノッシノッシ」というオノマトペが見える。僕は追い抜こうにも追い抜けず、時にはツーステップを踏みながらその後を追う。そしてむらむらと思う。

手にカップラーメン持って何偉そうにしてるんだよ!

歩き方もまた才能なのかも知れない。
posted by og5 at 21:25| 秋田 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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