2006年06月28日

自転車泥棒、その後

先日、自転車を盗まれたとここに書いた。6月21日のことだから、ちょうど一週間経ったわけである。
自転車は、何と還って来た。
昨夜九時過ぎに交番から電話があって、無事見つかったから引き取りに来て欲しいと言う。時間も時間だったし雨もざんざか降っていたので、明日(つまり今日)の夕方会社帰りに寄りますと答えて電話を切った。
警察官の話によると、刈穂橋の近くに乗り捨ててあったとのこと。無傷で、再会した時には、前より綺麗になったような気さえした(雨に濡れてちょっと美人だった)。

犯人は、多分「酔っ払い」であろうと思う。「会社員」が「酔っ払い」になり、次いで「盗っ人」になったのだ。盗んだ自転車を家の近くで乗り捨てても彼はまだ「酔っ払い」で「盗っ人」のままだったが、翌朝目が覚めて「酔っ払い」でなくなった時、慌てて「会社員」に袖を通して日常生活に戻って行ったのだ。
彼は「会社員」に戻ったが、しかしまだ「盗っ人」のままで、それは多分彼の中でも未だに曖昧なまま宙ぶらりんと残されている。
日常生活というものは、誰にとっても、程度こそ違え、そのようなものであるような気がする。そして、それでいいのかも知れない。

さて、今回実に驚いたのは、自分自身の記憶の曖昧さについてであった。
ある朝、乗ろうとした自転車がなかった。僕はまず、昨日の晩はあっただろうか、とそのことを一所懸命思い出そうとした。しかし、どうしても自信を持って確かにあったとは思い切れなかった。
次に、僕は「いよいよ来たか」と思った。つまり、ボケが、である。多分僕は自転車に乗って何処かに出かけ、そしてそのコンビニエンスストアか何処かの前に自転車を置いたまま、乗らずに帰って来てしまったのだ、とそういう「不安」に囚われたわけである。
そして、困ったことに、それは今でも(断続的にではあるけれど)続いているのです。
posted by og5 at 22:09| 秋田 ☔| Comment(7) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月21日

自転車泥棒

ヴィットリオ・デ・シーカ監督に「自転車泥棒」という作品がある。清く正しく生きようとする貧しい父子が、やっとありついた職になくてはならない自転車を誰かに盗まれてしまい、やむにやまれず自ら人様の自転車を盗む自転車泥棒になってしまう、というイタリアン・リアリズムの秀作であった。

しかし、そんなことはどうでもいいのである。今朝、会社に行こうと玄関を出て、雨が降りそうだけど歩くと汗だくになりそうだから今日は自転車で行こうかな、などとちょっと逡巡してからいつもなら自転車があるはずの場所をふと見やると、そこにはただ空気があるだけなのであった。
つまり、自転車を盗まれたのだ。

玄関前の反対側に置いてあった妻の自転車は無事で、なるほど、敵は鍵のかかっていない僕の自転車だけをお手軽に掻っ攫って行ったというわけである。鍵をかけていなかった自分が悪い。いかに公道から結構奥まった所に置いてあったとはいえ、人が近付くとパッと点く仕掛けの門柱がそこにあったとはいえ、鍵はかけておかなければならなかったのだ。

ボロな自転車である。元々妻からのお下がりだし、思い入れも全くない。しかし悔しい。例えどんな価値のない物でも、理不尽に他人から奪われると人は歯軋りするものなのか。そうなのだろう。だって、今僕は歯軋りこそしてはいないけれどひどく腹を立てているもの(いや、あの自転車に「価値」はあるのだけどね)。
歯軋りもしてみようかな。

一応ね。
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posted by og5 at 23:35| 秋田 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「河童の三平」と「死」について

河原三平は可哀想である。
父親は昔から夢のようなことばかり言っている生活力のない男で、小人(コロボックル)の研究に没頭した挙句、三平がもの心つく頃には既に行方知れずになっていた。
母親も生活のため都会に働きに出ている。こちらはやむを得ないとも言えるが、しかしそのせいで三平は祖父と二人暮しなのである。
祖父は悪い人間ではないが、三平の父親の悪口を言い、またその分まだ幼い孫に過度の期待をかけるという一面を持っている。そして、その期待に三平は応えることが出来ない。

河原三平は馬鹿である。
学校の勉強が出来ないばかりではない。成績が悪いのはもちろんのこと、知恵もなければ機転もきかない。考えがそもそも前向きではないし、いつも怠けることばかり考えている。ひょうきんでもなく、だからそういう面でクラスの人気者になるということもない。同じように彼の運動神経もまた人並み以下であり、顔に至ってはそのタイトル通り河童にそっくりなのである。
いかに漫画の世界とはいえ、これではひど過ぎないだろうか。

しかし、冷静に考えてみれば、これ以上ないくらい悲惨に思える境遇のわりに、「河童の三平」はほのぼのとした読後感を人に与える。
それは何故だろう。

タヌキ、死神、小人、そして河童。彼の周りには、彼と同じ虫けらのようなどうしようもない奴等ばかりが集まって来る。だが、そんな彼等が紡ぎ出すエピソードの数々は、実に慈しみに溢れ寛容である。その慈しみは、やがて彼を死へと誘う。どうしようもない虫けらのような河原三平は、優しく優しく殺されるのだ。
「猫町」から逃れようとした三平の死は、呆れるほどあっけない。その描線が点線になることと、大岩に押し潰された顔さえ見えない身体の絵だけで、この世からあの世へ旅立とうとしている彼は表現される。
民話のようであり、また荒唐無稽な冒険譚のようでもある「河童の三平」は、その全編を死に対する諦念が被い、あらゆるエピソード、ユーモラスなやり取りすらも決してその影から自由ではない。そう、「河童の三平」を被っているものは「死」だ。
なのに、何故こんなに優しいのか。いや、おそらく、「死」に被われているからこそ、「河童の三平」はこれ程までに優しいのである。そして、読む者に、何とも言えない実に奇妙な安らぎを与えるのである。

最後、唐突にさよならを告げる河童とタヌキに、元々二人の嘘には気付いていたのだと三平の母親が告げるシーンがある。
このラストシーンは、水木しげるの考えとは異なる何らかの理不尽な理由か、あるいは作者の単純な「飽き」により無理矢理創られたものだと僕は思うのだが、それがまたこの作品には実によく馴染んでいる。
ここにあるのは、「幸福だ」でも「不幸だ」でも「幸福ではない」でもなく、しみじみとした「不幸ではない」である。それにしても、「不幸ではない死」とはなんだろう。

僕の耳の奥には、「シャンペイ!」というタヌキの叫び声が、いつまでもいつまでも響き続いている。
本当は哀しくて哀しくてしょうがないのだ。
posted by og5 at 20:43| 秋田 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 本・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月17日

安全弁についてA〜「PLUTO」

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「規則」とそこから逃れようとする試みの軋轢が、あらゆる芸術的表現のもとになっているのではないかと思う。別に芸術でなくてもいいのだが、まあ「表現する」とか、そういうことについての話である。

以前、「鉄腕アトム」の「地上最大のロボット」を浦沢直樹がリメイクした「PLUTO」のことを書いた。浦沢直樹は機械を描くのが下手なのではないかなどと感想を述べたが、あの時点では僕にはまだこの作品のことが全く見えていなかった。
第2巻まで読んで、それからしばらく経つうちに、僕の中では「PLUTO」の株はどんどん下がって行った。とにかく間が開き過ぎると思った。せいぜい数十頁であろう手塚治虫の作品を、一体どこまで引っ張れば気が済むのだろう。そう思ったのだ。
例えば、月刊雑誌に連載されている漫画の一回あたりのページ数は何ページになるのか。24ページだろうか。それとも30ページだろうか。いずれにしても、昭和30年代においては、ある漫画の一つのエピソードだけで単行本何冊分にも及ぶなどということはあり得ないことであったろう。
実際に「地上最大のロボット」が何ページの作品であったのかについては今確かには言うことが出来ないが、それは限られたページ数と子供が読む漫画であるという「制約」にしっかりと縛られていたはずである。そして、僕にはその「制約」下における手塚治虫の表現がこの上もなく美しく革新的であったように思えるので、「PLUTO」に、詩をわざわざ散文にするような野暮なものを感じてしまっていたのである。
しかし、「PLUTO」第3巻を読み終えた僕は、そのあまりの面白さにワクワクと胸を躍らせていた。早く第4巻が読みたくて、全く違う意味で間の開き過ぎを忌々しく思った。

浦沢直樹は、確かに安全弁を捨てたのだ。そしてどんどん「鉄腕アトム」から遠ざかって行って、ついに第3巻で新たな地平に辿り着いた(「第3巻で」というのは、僕の勝手な言い草であって、実は最初から新たな地平は切り拓かれていたのかも知れないけれど)。
当然ながら、「規則」は、相変わらず、厳然とそこに存在し続けている。だが、それはもはや手塚治虫の「規則」ではない。

もしかしたら、ある「規則」から逃れようとする行為は、また異なる次のある「規則」に限りなく近付いて行くということでしかないのかも知れない。しかし、とにかく、とどまらないこと。それが「新しい何か」という興奮を生む。
僕は、自分のせこい安全弁をかつて捨てたのだろうか。今、僕の安全弁は何処にあるのだろうか。そして、僕はそれをいつかまた捨て去ることが出来るのだろうか。

「地上最大のロボット」は、この巻に収められているとのこと。
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posted by og5 at 19:46| 秋田 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

安全弁について@〜「嘆きの天使」

僕は規則が好きである。こうあるべきであるという制約は、僕にとって時に枷ではなくて愛しい衣だ。

「嘆きの天使」という映画があって、観るまではタイトルからの連想でロマンティックな映画だとばかり思い込んでいたのが大間違い、踊り子のマレーネ・ディートリッヒへの恋に狂う中年教師の無残な無残な物語であった。そしてその教師が、生徒が持っている踊り子のエロ絵葉書を初めて見咎める運命のその日、授業のために教室に入って来た直後、教卓の上に置いた自分の本が机の辺ときっちり直角になっていないのを神経質に直す場面があって、僕にはそのエピソードがひどくリアルにあの中年教師の性質(性癖)として迫って来たのである。
「そのようなタイプでない人」にはおそらく理解しづらいと思うが、同じような癖を若干なりとも持つ身には妙に生々し過ぎるシーンだった。かの映画の監督あるいは脚本家は、やがて恋に狂う中年男がかろうじてバランスを保っている規則正しい日々のその象徴としてあのようなシーンを用意し、かつあのような性格を彼に与えたのであろうが、それこそが彼の枷であると同時にまた彼を欲望の淵から遠ざける脆い脆い安全弁でもあったのだと思う。

安全弁を抱えたままでは、人は何処へも行くことが出来ない。そもそも、それは何処へも行かないための装置なのだから。しかし、安全弁を抱えた中年教師は、恋に狂い教職も追われたけれど、実は結局最後まで一度だって安全弁を手放すことはなかったのではないだろうか。彼は、狂い、疲れ果て、絶望し、全てを失ったが、前いた場所から一歩だって動いてはいなかった。彼は、失ったのではなくて、最後まで捨てることが出来なかっただけなのだ。

謹厳実直な毎日から絶望の暗黒へ。その距離がほとんどゼロだということは、何と怖ろしいことだろう。
僕が大好きなルールは、僕を救ってくれるだろうか。

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posted by og5 at 19:38| 秋田 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月13日

「ナショナリズム」と人は言う

僕は本当はサッカーなんか特に好きでもないんだなあ、とつくづく思った。
ワールド・カップで盛り上がるのは、単純に日本に勝って欲しいからである。世界の一流選手が集う大会なのだ。もし純粋にサッカーそのものが好きなのであれば、日本が関連する以外の試合だって可能な限り観たいと思うのが本当であろう。
だが、僕は違う。どんなに有名で優れた選手が代表を務めていようとも、基本的には日本以外の国の試合にはそもそも興味などないのである。

そういえば、野球でも同じことを思った。
WBCを一生懸命観て、そして応援したのは何故だったのかということである。
これで野球人気も盛り返す、などと誰かが言っていたのを思い出す。僕にはそんなことは到底信じられなかった。だって、あれ(WBC)はあくまでも特例なのであって、好むと好まざるとに関わらず人の日常生活にドカドカと土足で上がりこんで来るプロ野球中継は、それとは全く違う別物なのだから。
プロ野球が嫌われるのは、単純に「何か」を平気な顔して「侵す」からである。「何か」とは、実は下らないテレビ番組だったりするのだけれど、でもそれは結構大事な個人個人のリズムだったりして、連日のテレビ中継を止めさえすれば案外野球人気は上昇するのではないか、とちょっと本気で考えたりもする。また、あるいは常に外国と対戦するのであれば……。

僕は、本質的にはサッカーも野球も好きではない。
では、何が面白くてWBCなりサッカーW杯なりを観るのか。
繰り返しになるが、それはやっぱり日本に勝って欲しいと思うからだ。相手を圧倒して、あるいはかろうじて。そのどちらでもいいが、とにかく勝つところが観たいのである。

僕はそれは健康なことだと思う。
posted by og5 at 20:03| 秋田 🌁| Comment(2) | TrackBack(3) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月11日

さらば亀よ

小学生の頃、ものすごくミドリガメが流行した。祭りで売られている亀といえばイシガメかクサガメと相場がきまっていたのが、いつからかミドリガメもその仲間に入るようになった。
しかし、ミドリガメは弱かった。クサガメが死ぬのは見たことがないが、ミドリガメは確実に死んだ。僕は、亀って死ぬものなんだ、ということをその時初めて知った。いや、実際はクサガメもイシガメも死んでいたはずなのだが、何故かその死をそれと意識することはなかったのである。

結婚後約一年くらい経った頃から暮らすようになった妻の実家には、その当時二匹の亀がいた。どちらもクサガメで、甲羅の直径が二十センチ近くある大きな奴と、その半分くらいの小亀だった。中庭に面したテラスに置いた水槽に入れられており、その水槽はほんの数日水を入れ替えるのを忘れただけでひどく臭った。僕は気がつくと中のものを亀もろとも全部一旦外に出して水槽を洗い、砂利もよくすすいでからまた二匹の爬虫類を家に戻してやったが、それは結構面倒臭い仕事だった。僕が水槽をジャブジャブと洗っている間、二匹の亀はゆっくりと中庭を散策していた。一度か二度、ちょっと目を離した隙に見失ってしまい大慌てしたこともあったが、基本的に亀には逃げる気などさらさらないようであった(二度とも、結局は草の陰でただじっとしていただけだった)。

しばらくすると、僕は段々亀の世話をするのが嫌になって来た。亀が不幸に思えてならなかった。それは自分に都合のいい言い訳だ。しかし、僕にはそれ以上亀の面倒をみる気力がもうなかったのである。僕は、亀を千秋公園のお堀に放そうと提案した。
千秋公園のお堀には、お花見の夜店で売れ残った亀が毎年かなりの数捨てられて行くという話を聞いたことがあった。だからきっと仲間がたくさんいるだろう。自然の中で暮らす方が亀にとっても幸せなはずだ……。
細かいことはもう忘れてしまったが、その提案は最終的に受け入れられ、ある日曜日、僕と妻は二匹の亀を何かの袋に入れて、自転車で千秋公園まで出かけた。
県民会館側のベンチのそばからお堀の際まで降りて、僕達は亀を放した。小さい方はそのまますぐに深緑色の水に消えて行った。大きい方はしばらく大きなお堀を悠然と(あるいは呆然と)泳いでいたが、やがて泳ぐのを一旦止め、ぷかぷかとさざ波を立てながら首を上げてこちらの方を見ていたかと思うと、突然チャポンと水中に潜ってしまった。
実にあっけないものだった。

数年経ってから、僕達は亀を放した同じ場所で澱んだ水面をぼんやりと見ていたことがある。僕は一瞬亀の小さな頭が、岸から5〜6メートル離れた水面にポカリと浮かんだような気がした。あれは単なる気のせいだったのか、それとも確かに亀が今でも元気で生きているよと挨拶をしに水の底から浮かび上がって来たのだったか、今となっては自分でも定かではない。
posted by og5 at 17:09| 秋田 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「Death Note(デス・ノート)」の都市伝説

「Death Note」は、「ですます調」で綴られている。
posted by og5 at 14:34| 秋田 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

誰かのルールとコップの内外

村上ファンドの村上世彰代表が逮捕される直前に開いた記者会見をニュースで見た時感じたのは、「上司にしたくないな」であった。
まあ、僕は「上司」なんか誰だって嫌いなのだが、それにしてもあんな人が上役では堪ったものではないと思う。
高学歴で実際博識である、論理的でしかも頭の回転が速い、押し出しが強い、色んな分野に太い人脈を持っている、失敗を許さない、冗談が通じない、物怖じしない、自分のことを偉いと思っている、プライドが高い、人を信用しない……。
あの人の部下は毎日毎日いつもいつもあれを聴かされていたわけである。あの圧力を感じながら仕事をしなくちゃならなかったわけである。同類だから別に気にならないのか。だったら、まあ別にいいのだけれど。

村上世彰は結局逮捕されてしまったわけだが、じゃああの「論理」は一体何だったのか。「論理」が「屁理屈」でもいいが、それでも「理屈」には違いない。あの人の世界ではあれが通用していたのだし、記者会見終了時には記者連中から拍手も沸いたというから、あれを「屁」抜きの「理屈」と感じた人も相当数いたということなのだろう。
でも、ゲームの中のルールはゲームの中でしか通用しない。中学校高校の頃のものの考え方では社会人としての生活は覚束ない。会社の論理は会社外では「屁理屈」だし、村の常識なんか新幹線が通れば破壊されてしまう程度のローカル・ルールでしかない。
では、僕は一体何を怖れて、毎日上役や同僚の物言いに抵抗したりビクついたり調子を合わせたり勝ったような気になったりしているのだろう。それこそ、村の中の主導権争いである。
知らない人が見たら馬鹿みたいだ。

結局僕達は「場所」に縛られて生きている。そこからは逃れられない。そこに居続けなければならないから、そこのルールに従うこと、そこのルールに長けていると見られることが絶対善なのである。
そういえば、キンクスの「プリザベイション<第1幕>・<第2幕>」でも、村の矛盾を最も客観的かつ冷静に見つめているのは村の住人達ではなく、(元々その村でジェネヴィエーヴとひと悶着起こした過去を持っているとはいえ)ぶらりと村に立ち寄った「流れ者」であったはずだ。
風来坊には責任がない。その場所がどうなろうと知ったこっちゃないし、また知りたくもない。でも指摘は案外正しかったりする。困ったことに、正しいことがいつも「正解」だとは限らないのであるが。

「プリザベイション<第1幕>」中の名曲「日向ぼっこが俺の趣味(SITTING IN THE MIDDAY SUN)」のように、夏のドレスでおめかしした女性達を見ながら、家もなく仕事もなく、でも誇りを持って「こんな天気に働こうなんて……」と言っていられれば幸せだろうか。時にはそう思う。しかし、それもまた結局は「流れ者」の「理屈」でしかないということを、僕達は往々にして忘れがちである。
「しょせんはコップの中の嵐だ」という言い方がある。だが、自分がもしそのコップの中に落ちた一匹の蟻だとしたら、とりあえずそのコップの中が全世界で、その嵐こそが当面の最重要問題なのだ。
コップの外なんか見えない。

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posted by og5 at 12:25| 秋田 🌁| Comment(1) | TrackBack(4) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月07日

法は「自殺者」を救えるか

テレビのニュースを見ていたら、「自殺防止対策法案」の議員立法を目指す参院超党派議員で構成される「自殺防止対策を考える議員有志の会」のことを取り上げていた。
近年我が国では、毎年3万人以上もの人が自殺で命を落としているのだという。でも、そんなことを言ったら秋田など、年間自殺者数日本一の座をもう10年も守り続けているわけである(別に「守って」いるわけではないだろうが……)。
ニュースによれば、同有志の会は、自殺は「個人を取り巻く社会にかかわる課題」であり、国や地方自治体は医療機関や企業などの各種機関と連携して自殺防止にあたらなければならない、と主張しているという。NPOによる法制化を求める署名運動も行われており、もうかなりの数の署名が集まっているらしい。

しかし、と僕は考える。
この法律が仮に成立したとして、今現実にある悩みに追い詰められ否応なく自殺という選択肢に手を伸ばそうとしている人間に、あるいは自分でも何が何だか判らないうちに自殺の衝動がどんどん膨れ上がって朦朧とした意識のままにビルの屋上から飛び降りようとしている者に、行政が一体何をしてやれるというのだろう。
例えば、自殺者を出した企業(もしくは市町村)はある条件により遺族に賠償金(もしくは年金)を支払わなければならない、といったルールが生まれれば、少なくともその組織は自組織内の(特に精神衛生に関わる)環境の改善に真摯に取り組まざるを得なくなるだろう。だが、彼(彼女)の自殺の原因を、一体誰が「会社のせい」だの「行政のせい」と断じることが出来るのだろう。断じなくてもいいのか。だが、それでは誰も責任を取ることなど出来ない。
それに、企業と医療機関の連携による社員へのメンタルヘルス相談の実施などは今でも行われている。しかし、あんなものは殆どアリバイ工作でしかないように僕には思える。
一体どうしたらいいのだろう。

遺族に対してなら、何か手を差し伸べることは出来るかも知れない。
だが、僕にはやっぱり判らない。
果たして、法は自殺しようとする者をその死の淵から救い出せるのか。
僕には、やっぱり判らない。

例えば彼の妻の死を……。
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posted by og5 at 21:17| 秋田 🌁| Comment(0) | TrackBack(2) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月06日

青い6月の夜のコステロ

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NHKの番組だったと思う。何かのチャリティ・コンサートに当時のパンク・ロックの連中が多数参加していて、その中にエルヴィス・コステロもいたのであった。
実は僕はそのコステロの演奏が好きではなかった。ビートというのは速くなればなるほど「ビート」を失うものなのだ、というようなことを考えていた。

僕はコステロのそんなに熱心なリスナーではない。一枚目がとにかく大好きだったのでセカンド・アルバムも買ったけれど、すぐに飽きて中古レコード屋に売ってしまった。その他聴いたことのあるのは「パンチ・ザ・クロック」、「インペリアル・ベッドルーム 」、そして「オールモスト・ブルー」くらいで、やはりいずれももう手元にはない(結局残ったのは一枚目のみ)。
しかし、僕は今、何となく春の陽気に浮かされて、リンゴ・スターの「ボークー・オブ・ブルース」と一緒に買った「オールモスト・ブルー」を聴いている。

コステロの歌声は相変わらずせわしなく落ち着かない気分にさせられるけれど、カントリーとコステロは何となく相性がいい。考えてみれば、デビュー・アルバム「MY AIM IS TRUE」も結構カントリーな一枚だった。「ALISON」をはじめ名曲ぞろいのあのアルバムは、僕にとって「パンクじゃない」レコードではあったが、それでも大好きな「愛聴盤」である。
あまりにせわしなくて息苦しくなってしまう後のコステロの(僕にとっての)欠点も、ここではまだ演奏の緩さと上手い具合に馴染んでいていい感じだ。

カントリーというのはいいですね。
でも、ピーター・バラカンのラジオ番組で、あのザ・バンドですら最初のうちはカントリーをダサいものとしてとらえていたというようなニュアンスのことを聞いてびっくりした。
僕はといえば、細野晴臣ですら好きなのは実はソロに成り立ての頃の一連のカントリーっぽい作品がメインだし、ムーンライダーズの一枚目(というよりは鈴木慶一の一作目)「火の玉ボーイ」でも、「髭と口紅とバルコニー」なんかが他のどの曲よりも大好きだったりするのである。

ところで、僕は今ちょっと戸惑っている。それは、もう最後の曲になろうとしているのに、未だ肝心の「オールモスト・ブルー」がかからないからである。
僕は怪訝に思いCDパッケージの曲名を確かめる。「オールモスト・ブルー」なんて記述は何処にもない。
そうだった。「オールモスト・ブルー」はアルバム「オールモスト・ブルー」ではなくて、「インペリアル・ベッドルーム」に収録されているのだった。

ああ、「インペリアル・ベッドルーム」も買い直さなくちゃならない。

My Aim Is TrueMy Aim Is True
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posted by og5 at 21:36| 秋田 🌁| Comment(0) | TrackBack(1) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月05日

「寝ずの番」で「ステップ!ステップ!ステップ!」

寝ずの番寝ずの番
中島 らも

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50歳になる直前に「ステップ!ステップ!ステップ!」を観て、直後に「寝ずの番」を観た。いい感じだ。

「ステップ!ステップ!ステップ!」は、ニューヨークの公立学校で取り入れられているソーシャル・ダンスのプログラムに生き生きと取り組み、時には挫折する子供達の姿を追った瑞々しいドキュメンタリーである。テレビの「ゴリエ杯」など観てウンザリしていた僕は、この実に爽やかで真っ当な、子供への愛に満ちた(あるいは子供へのそれなりの愛をちゃんと持った人々を描いた)映画を観て本当に幸せな気持ちになったのだ。
敗れた生徒達に「あなた達を誇りに思う」と声を詰まらせる教師の気持ちと子供達の現実が胸に迫る。「ゴリエ杯」とは根本的に違うものがそこにはある。いや、違って当然なのだけど、僕には、何故だか「ゴリエ杯」の子供達は、みんな北の天才少年・少女のように見えたのだ。僕には、「ゴリエ」(あるいは何人かのインストラクター達)と「将軍様」の違いがよく判らなかった……。

さて、毒を吐くのはこれくらいにして。

「寝ずの番」がすごくよかった。
中島らもの原作をマキノ雅彦(津川雅彦)が監督したR−15映画で、何故R−15なのかというと、死体と踊るわ、(関西が舞台なので実際は三文字なのだが)四文字言葉は飛び交うわで、とても金曜ロードショーなんかでは放映出来そうもないシロモノだからなのである。
落語家の話である。しかし、映画のほとんど全編は葬式あるいはお通夜の場面で占められており、そこに故人を偲ぶ思い出話などが挿入される。
「死人」は全部で三人。まずは上方落語界の大御所・笑満亭橋鶴(長門裕之)。「ソトが見たい」と言ったのに「ソソ」を見せられた挙句、死んでからも落語の「らくだ」よろしく弟子達に肩を抱えられてカンカン踊りを踊らされる。途中、どう見ても(死んでいるはずの)師匠自らステップを踏んでいるのが最高に可笑しい。
二人目は惣領弟子の橋次(笹野高史)、三人目が橋鶴の妻・志津子(富司純子)と何故か次々と人死にが出る一門なのであるが、売れっ子芸妓だった志津子を巡ってかつて橋鶴とは恋敵だった元鉄工所社長(堺正章)と橋鶴の弟子・橋太(中井貴一)の、三味線を弾きながらの歌合戦から全員入り乱れての大合唱へとなだれ込むラストが圧巻であった(殆どエロエロの替え歌大会なんだけど)。
僕は大いに泣いて、そして笑っていた。とはいえ、ここにはペーソスなどない。艶笑歌を歌いながら全員で(死んだ者までいつの間にか紛れ込んで)グルグルと周り踊るシーンなど、まるでフェリーニの「81/2」である。

♪俺の心は トタンの屋根よ カワラないのを 見て欲しい♪

という歌が心に染みる。

そうだ、しばらく忘れていたけれど「人生は祭り」なのだ。

※これまた美しい映画なのです!
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緋牡丹博徒 花札勝負緋牡丹博徒 花札勝負
藤純子 加藤泰 若山富三郎

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posted by og5 at 22:22| 秋田 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月04日

「医学的には存在しない音」顛末記

正月明けから左膝に違和感があった。風呂場などでしゃがんでいるととにかく痛い。胡坐なんか最悪である。おまけにその内歩く度にポキポキ音を立てるようになった。こちらは、ただ音だけの時もあるし痛みを伴うこともある。いずれにしても、僕の左膝がちょっとずれたようになっていて、体重が乗るとそのズレが元に戻ろうとして音を立てる、ということだけは確かなことのように思えるのであった。
会社でパソコンをやり過ぎたためか手首に腱鞘炎を患い、去年一年間は下手なテニスもやっていなかったし、豪雪のせいもありスノーボードにも一度も行くことが出来なかった。膝に負担をかけるようなことをした覚えが一切ないので、僕は逆に筋肉が落ちて骨に負担がかかっているのではないかとヒンズー・スクワットなどやってみたが何ら効果はなかった。
僕はやっと「自然治癒」を諦めた。諦めて、そして病院に行って診察を受けた。
最初に行ったのは近所のクリニックで、レントゲンを撮ったが異常はなく、一週間後にMRI検査を受けることにした。生まれて初めてのMRI検査の結果、僕の左膝半月盤には傷があることが判明した。医者は、その写真と紹介状を僕に渡し、「もっと専門的」な病院に行くことを勧めた。

さて、秋田でも指折りのその整形外科医の診断は、「これは膝ではなくて股関節が鳴っているんですね」であった。確かに、その医者にひっくり返されたりまた元通りにされたりしながら足をあちらこちらとひねくり回されると、僕の股関節はその度にポキポキと音を立てた。そして、困ったことに、どう按配してみても、肝心の膝はペキリとも音を発しないのであった。
医者は自信たっぷりに言う。「これは股関節です。膝だともっと高い音というか、こんな太い音は出ませんから」
僕は何とか膝の発する音を証明しようと足の筋肉をピクピク引きつらせながらすがりつく。「でも、どう考えても膝なんです。だって……」
「まあ、一応腰の部分も含めて再度レントゲン撮ってみましょうか。ただ、半月盤の傷は気にする程でもないし、普段の生活にそれ程支障がないのであれば……」
「でもあの……」
ここで、医者は既に僕の話など聞いていなくて、上の空の医者に代わって看護婦が、
「じゃあ、外で待ってて下さい」
もちろん、再度のレントゲン検査の結果も同じであった。つまり、患者がいくら痛いと言っても、写真に写らなければその痛みは存在しないのである。膝はこの時も鳴ってはくれなかった。僕は、割り切れない思いを胸に病院を後にしたが、病院を出た途端に、僕の卑怯な左膝はポキポキと実に嬉しそうに悲鳴を上げ始めた。

僕は東洋医学を盲信する者ではない。西洋医学について、対処療法しか出来ない無価値なものに過ぎないなどとは思っていないし、医者にも色んな人がいることを知っている。しかし、僕の膝は見捨てられてしまった。医者は、この膝からは音など聞こえないと言う。では僕の耳に今日も聞こえるこの乾いた音は一体何なのか。
そういえば昔「万国びっくりショー」というのがあって、音楽に合わせて全身の関節をポキポキ鳴らして演奏する変な外国人が出ていたなあ、などと下らないことを考えながら、僕は今日もまた、自らの発する音が確かに膝からのものであることを確認して、安堵し、同時にまた不安にもなるのであった。
posted by og5 at 20:13| 秋田 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「どこでもドア」のパラドックス〜僕の行きたい場所

会社帰り、たまにふらりと居酒屋「あみもと」に立ち寄ることがある。これは自分に対するご褒美みたいなもので、カウンターに座り、店のお姉さん達にもっと端に詰めてくれだのそこは炭が飛ぶから座っちゃ駄目だの言われながら、一人きり、文庫本を読みつつ日本酒を飲む。串焼き数本とゲソ揚げ、あと何か刺身を追加で一品頼んでも二千円程度で収まる、実に安上がりなご褒美だ。
ご褒美というのは、最近会社で会議ばかりやってグッタリしているから、人と話をする必要のない場所にいられるということだけでも今の僕にとってはちょっとした贅沢だからである。しかも、お酒を飲みながら本を読んでいてもあまり回りに気を使わなくてもいいという場所は案外ないもので、これも僕には嬉しい。
一昨日も僕は「あみもと」でご褒美の熱燗を飲んでいた。追いやられたカウンター席の80センチ程向こうの目の高さ辺りにはカーナビ様の小さな画面があって、側を通りかかった店のお姉さんが頼みもしないのにスイッチを入れると「ドラえもん」が映し出された。
僕は、ジャイ子の恋愛話と思しき画面をぼんやりと眺めていた。音は聞こえない。耳を近づけると微かに聞こえるようだが、店内には有線で昔の流行歌がアトランダムに流れており、僕にはそっちの方が嬉しかったので、特に「ドラえもん」の音声を聴きたいとも思わずそのままにしていた。

ふと、「どこでもドア」について考えた。そして興奮した。
「どこでもドア」は、文字通りどこでも好きな場所に行くことが出来るという実に便利な装置である。つまり、行けない場所などないというわけだ。そしてこれはドアであるから、ドアによって仕切られたこちら側とあちら側が明確に区別されているということになる。
さて、ではのび太が、「今いるこの場所に行きたい」と思ったらどうなるのだろう。「どこでもドア」はどこにでも行ける装置であるから、「今いるこの場所」にも行くことが可能なはずである。しかしまた同時に「どこでもドア」はドアであるから、ドアのこちら側とあちら側は別の場所でなくてはならない。ドアのこちら側とあちら側が同時に「今いるこの場所」であってはまずいのである。
僕は、ほろ酔い気分で色んなことを考えた。ドアを開けるのび太。すると向こうにもこちら側を覗くのび太がいて、両者はドアの中央ですれ違う。あるいは、のび太がドアを開けると自分の後ろ姿が見える。そして、ドアの中に一歩足を踏み入れると、後ろの(現実)世界と共にドアの向こう側に見えていた自分自身の後ろ姿も消えてしまう……。
僕は「ドラえもん」をあまりちゃんと読んだことがない。テレビのアニメを観る機会もほとんどないので、もしかしたら「ドラえもん」の中では既に説明のついていることなのかも知れないが、僕はしばしこの「どこでもドア」のパラドックスに酔い痴れた。

僕の行きたい場所とは何処だろう。案外それは「どこでもドア」でも行くことの出来ない場所なのかも知れない。
とにかく、僕は本日(無事にかどうかは判らないが)50歳を迎えた。

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posted by og5 at 10:38| 秋田 🌁| Comment(8) | TrackBack(2) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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