2006年08月27日

さよならプルートゥ

冥王星が惑星から除外されたのだという。
チェコ・プラハで行われた国際天文学連合総会で、太陽系惑星を8つとする決議案が採択されたらしい。
惑星の定義は、太陽を周回していること、自分の重力で固まって球状をしていること、その天体が公転軌道周辺で圧倒的に大きいこと、の3点というが、今まで定義がなかった、あるいは適当だったということが僕には驚きである。
学会なんて呑気なもんだ。

さて、何故冥王星が今回格下げされたのかというと、冥王星の軌道は他の惑星とは異なり楕円形で、かつ他惑星の軌道と水平でもない、よって時に(冥王星よりもでかい)海王星と軌道が重なってしまう、つまり3番目の条件を満たしていないというのがその理由らしい。
そういえば、昔習った「水金地火木土天海冥」は、ある時期「水金地火木土天冥海」だと修正されていたはずで、今思えばあれも冥王星独特のこの軌道によるものだったのだろう。

冥王星は、1930年に米国人によって発見された「第9惑星」であった。
既に来年度の教科書等を修正することは不可能とのことで、しばらくは冥王星を惑星として扱う記述が流通を続けることになるわけだが、これが「第9惑星」で本当によかったと胸を撫で下ろしている人も結構いるのではないだろうか。
例えば、これが太陽にもっと近い惑星だったら、と思うのである。もし、水星が惑星でないとなったら、金星が「第1惑星」となり、地球以下も順番にその数字をマイナス1していかなければならないわけである。世に「第○惑星」と題名の付けられた小説や曲などがどれくらい存在するのかは判らないけれど、きっとかなりの数に上るに違いない。それにいちいち「当時はまだ水星というのがあって・・・」などと言い訳をするのは、ものすごく面倒臭いだろうなと思ったのだ。

冥王星は「PLUTO」と呼ばれていた。
多分これからもそう呼ばれるのだろうし、今回の決定によって冥王星自体が宇宙から消滅してしまうわけでもない(当たり前だ)。
しかし、小松左京の小説に真似て、この「惑星」にさよならの挨拶をしても決して罰は当たらないだろう、とそんな気が今しているのである。

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トイレにまつわるエトセトラ

今日は風が強い。
先週あたりから朝晩などめっきり涼しくなり、虫の声ももうすっかり秋らしくなって来たように思う。それでも日中はまだかなり暑いのだが、その熱はもはや夜まではもたない。
省エネとクールビズの夏も、後もう数週間で終わる。

省エネといえば、(これは夏に限ったことではないのだけれど)僕の会社のトイレは、かなり前から、センサーによって照明の電源がオンオフされるようになっている。以前、社内トイレの改修工事によって和式トイレが減ってストレスが溜まっていると書いたが、この「トイレ省エネ施策」は、その限られた憩いの場でしゃがんでいる時でさえ、僕をかなり頻繁にイライラさせる。

無人の暗いトイレに足を踏み入れると、センサーが人影を感知して照明が点く。何分か後に手を洗って外へ出ると、センサーはまた無人を感知して、更にその何分か後に自動的に照明の電源を切る。小用の場合は、それで何の問題もない。しかし、困るのは「大」で、しかも「和式」でしゃがんでいる時である。つまり、その恰好がちょうどセンサーから身を潜めているかのようになってしまい、ちょっと気を許すと、用を足している最中なのにパッと電気が消えてしまうのである。

もちろん、誰かがそこにやって来れば、灯りは再度点灯する。しかし、顔を合わせるわけではないにしても、他人に「こいつ暗闇の中でしゃがんでやがる」などと思われるのは嫌なので、僕は独力でセンサーに認識してもらおうと個室で身をくねらせることになる。頭を振ったり、背中を伸ばしたり、意味がないのにお尻を振ってみたりもする。
これが結構なストレスになるのだ。

トイレでお尻を振るといえば、昔実家のトイレで、真夏の深夜便意をもよおしてしゃがんでいた時のことを思い出す。
あの時、トイレの中には一匹の蚊が飛んでいた。独特の「ぷ〜ん」という羽音がしている。そして、それが突然止む。僕は、ハッと自分の無防備な臀部を思い、必死になって尻を振る。と、また聞こえて来る微かな羽音・・・。
あの夜、僕は一体何度この恥ずかしい「専守防衛」を繰り返しただろうか。

ところで、一度、会社の薄暗いトイレに足を踏み入れると、パッと点いた照明の中で誰かが小便器に向かって用を足していたことがある。
僕は、一瞬ビクッと身を固くしたが、男は何事もなかったかのように、ごく普通に手を洗って廊下に出て行った。
しゃがんでいるわけでもないのにセンサーに感知されない男・・・。
僕はその男の影の薄さに、理由のない同情と感動を覚えた。

今年の夏は、まだ一度も蚊取り線香を焚いていないことにふと気付いた。
アレルギーの鼻と喉にはよくないのだが、今夜あたりちょっと日本情緒を楽しんでみよう。
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2006年08月24日

萩本欽一の予言

テレビの黄金時代テレビの黄金時代
小林 信彦

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小林信彦の「テレビの黄金時代」を読んだ。
小林信彦のこの手の著作は大好きだし、「日本の喜劇人」、「世界の喜劇人」などはそれこそもう何度読んだか判らないくらいの愛読書なのだが、前に何処かで同じエピソードあるいは記述に触れたことがあるような気がしてしょうがない、ということが時々あってちょっと困る。
「〜喜劇人」もそうだし、「笑学百科」や「植木等と藤山寛美---喜劇人とその時代 」、あるいは「喜劇人に花束を」などが、僕の中で(そしてもしかしたら作者自身の中でも)グルグルと回っているのかも知れない。
だから駄目だ、というようなことではもちろんない。小林信彦のこれ等の作品は、僕にとってもはや住み慣れた家の古い壁紙のようなものなのである。

さて、今回特に印象的だったのは、萩本欽一に関するエピソードであった。実は萩本欽一は昔からちっとも変わっていないのではないか、と何となく思った。コント55号の時の突っ込みと、欽ドンにおける素人いじりと、そして仮装大賞やオリンピックでのしどろもどろな進行振りが、彼にしてみれば全て全く同じレベル同じテンションで行われていたのだと想像することは、実はそれ程難しいことではない。
萩本欽一で、僕がいまだに思い出し、思い出しただけで吹き出しそうになるのは、残念ながらコント55号時代のものではなく、「ゲバゲバ90分」におけるあるコントである。
萩本欽一は警官に扮し、町内を巡回している。と、突然耳をつんざくような悲鳴が聞こえ、萩本は迷わずその声のした方(確かすぐそばのマンションの一室)に急行する。部屋の中には誰もいない。萩本は大急ぎで上半身裸になり、何故かその部屋の真ん中でのけぞってハアハアと喘ぐ・・・。
全く何の意味もないコントであるが、これが僕にとって最高の萩本欽一である。

ところで、小林信彦の「日本の喜劇人」によると、萩本欽一は、いわゆる「THE MANZAI」の大ブームに際し、このブームの後で日本の笑いが変わる、という主旨の発言をしていたのだという。
昨日、テレビで「はねるのトびら」のスペシャル番組を放映していたが、僕はそのあまりのつまらなさにすぐにチャンネルを替えてしまった。そして、もしかしたら今のこのバラエティ番組の目も当てられない惨状は、僕達がビートたけしを買いかぶり、ある時から野放しにしてしまったために起こったことなのではないか、とふと思った。
ビートたけしは面白かった。しかし、「お笑いウルトラクイズ」や「熱湯コマーシャル」のようなものを、茶の間に垂れ流してはいけなかったのだ。
萩本欽一が予言したように、確かにMANZAIブームの後で、日本の笑いは変わってしまったのである。
posted by og5 at 21:39| Comment(0) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月21日

「小ストレス」発散〜CM編

かなり前から気になっていたTVコマーシャルのことを二つ。
一応断っておくと、「気になっていた」のであって、決して「気に入っていた」ではない。どちらかと言えば「気に障っていた」ので、最近のあまりの暑さに、せめてこの「小ストレス」でも吐き出してすっきりしたいと思ったのである。

まず一つ目は、フジテレビフラワーセンターのCM。
高橋真梨子が「僕の嘘」という曲を歌っているアレである。
「♪確かに僕は大きな嘘を ついたのは認めるけど♪」と、画面に大写しになった髪の毛と顔と唇の色が何だか同じに見える高橋真梨子は歌う。
僕は、この歌を聞く度に左心室の辺りがムズムズする。
何が駄目って、この歌詞の「僕は」の「は」がどうしようもなく気持ち悪いのだ。
無理だろうけれど、出来れば「が」にして貰いたいと、このコマーシャルを見る度にそう思う。

そしてもう一つは、日通の引っ越しサービス「えころじこんぽ」のCM。
マンションの一室で日通の人達が段ボール箱に荷物を詰めているのを尻目に、その家の主と思しき女性がベランダに頬杖ついて外を眺めながらキャンディーズの「微笑がえし」を口ずさむ。
僕は、この歌を聞く度に尾てい骨の辺りがムズムズする。
別に「お前も手伝え!」などと思うわけではない。あの女の人の歌が、誰かは判らないけれど「聞き手」をすごく意識しているのがひしひしと伝わって来て、何とも居心地が悪くなってしまうのだ。
「あなた、自意識過剰ですよ」と誰か彼女に伝えて欲しい。

「♪ジョニーが北なら伝えてよ♪」と何の脈略もなく頭に浮かんだ。
ああそうか、高橋真梨子と「伝えて欲しい」か。
「小ストレス」は吐き出したけれど、全然すっきりしない・・・。

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2006年08月20日

弘前で「架空の海」を観る〜「YOSHITOMO NARA + graf A to Z」

This is a time of... S.M.L. yoshitomo nara + “graf ”This is a time of... S.M.L. yoshitomo nara + “graf ”
永野 雅子

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「YOSHITOMO NARA + graf A to Z」を妻と一緒に観て来た。
これは、青森県弘前市出身の奈良美智が、「graf」というクリエイティブユニットと共に、同市吉野町にある吉井酒造煉瓦倉庫の広大な空間を使って作り上げた「架空の街」をテーマにした展覧会で、7月末からおよそ3ヵ月の予定で開催されている。
この吉井酒造煉瓦倉庫、大正時代の建築で、延べ床面積は4千平方メートル程にもなるという。こういう古いものがちゃんと残り、しかもそれがしっかりと「生きている」隣県の現状を、僕はとても羨ましいと思った。

さて、「YOSHITOMO NARA + graf A to Z」である。
まず、だだっ広い空間を使って、廃材によりそこに「架空の街」を作ろうという発想が面白い。こういう「発想」というのはややもすると企画倒れになりがちで、その原因は頭の中のアイディアを具現化する時にダイナミズムが失われてしまうからではないかと僕は思うのだけれど、「YOSHITOMO NARA + graf A to Z」はちゃんと(ダイナミズムを失わずに)「生きて」いた。これは、素晴らしいことだと思う(一階の建物群を小二階の小窓から覗き見るというスペースがあって、そこから「街」を見渡すと、自分は今「銀河鉄道の夜」のジョバンニが見ていたあの広場を見下ろしているのではないかという気分になった)。

作品では、何と言っても倉庫二階に作られた「架空の海(勝手にそう呼んでいる)」がよかった。「フェリーニのアマルコルド」で観たような黒いポリエチレン様の贋物の海に、大きな張りぼての船が浮いている。遠くには、クラゲなのか小島なのか、真っ白いプラスチック製と思しき「あの表情」をした子供の大きな頭が3つばかり浮かんでおり、不機嫌そうにこちらを睨んでいる。とにかく、ごちゃごちゃしていなくて、茫漠と広いのがいい。
実は、僕は奈良美智の描く画(特に、あのひねくれた表情をした女児の顔)が好きではない。「そっちがその気ならこっちも嫌ってやる」という気分になってしまうからだが、少なくとも「架空の海」は、僕にとってのもう一つの「奈良美智」になったのだ。

残念だった点も、ある。これは、「作品」というよりは「見せ方」の問題で、一つ一つの部屋(小屋?)に張り付いている監視員が何とも邪魔なのである(何しろ、観客は常に監視されているわけで、甚だしく雰囲気を壊す)。僕も、ドアがたくさん並んだあるコーナーで、どうしても中に入って(中から)外を見てみたくなり妻に頼んで外からドアを閉めて貰うと、途端に監視員に叱られた。「ドアは中に人がいる時は開けたままにしておかなくてはならない」のだそうで、僕は思わず、「ここは昔の女子寮か!」と(心の中で)判りにくい悪態をついた。
いずれにせよ、このような展覧会において、「見方」にあまりに融通の利かない制約を課すことの馬鹿馬鹿しさを、彼等はもう少し認識した方がいいのではないか。いや、作品を護るためであることは重々承知しているのだが・・・。

青森は秋田よりもずっと涼しかった。
弘前で道に迷った僕達に、聴き取り辛い津軽弁で高速までの行き方を教えてくれたおじさんは、手に缶コーヒーを持ち、バミューダパンツをはいていた。
posted by og5 at 13:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月18日

「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」

かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろうかっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう
早川義夫

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早川義夫の声に初めて触れたのは、高校二年の時、好きだった下級生から、僕が貸したドノヴァンの「エッセンス・トゥ・エッセンス」のお返しとして借りた「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」だった。

何故今頃こんなことを思い出して、しかも部屋の中にそのCDの何とも時代遅れな音が流れているのかというと、最近読み終わった吾妻ひでおの「うつうつひでお日記」に、近所に住むファンTさんとの、互いに顔も合わせずに取り交わされるジャックスや早川美夫のテープの貸し借りの様子が、実に微笑ましく描かれており、それが僕に僕の一番好きな早川美夫であるこの「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」を久々に思い出させたからである。

このレコードは衝撃的だった。最初、僕の若さは、この呪われたような歌ばかりが詰まったソロ・アルバムを拒絶した。そして、何故「彼女」はこんなものを好きなのだろうといぶかしみ、同時に幻滅した。だが、裏ジャケットの「能書」にあるように、「甘えたくて甘えたくてしょうもない人」に捧げられたこの「なんともみじめな歌」達を、僕はいつしか心から愛するようになっており、その時、僕は自分が実は人一倍「甘えたくて甘えたくてしょうもない」人間なのだということを改めて思い知らされ、また心から安心したのである。

さて・・・。
自分の頭で考えるということは、一体どういうことだろうか。僕には、僕の見たことと、聞いたことと、そしてどうやらこれは本当かも知れないと本能的に感じ取ったいくつかの曖昧なこととを、必死になって自分の中で組み立てて、整合性を確認し、自ら批判し、そして自分にも判る簡単な言葉で言い表そうともがくことしか出来ない。自分の頭で考えることとは、自分の言葉で語ること(あるいは語ろうとすること)の根気の要る積み重ねでしかないのかも知れない。
例えば、「残暑」という言葉を僕は使う。それは、僕が「残暑」という言葉の意味を(多分)知っていると自分で確信しているからである。だが、人は時として、例えそれが独りよがりなものであるにしてもないよりはあった方がましな確信もないままに、「残暑」について語ることがある。いや、「残暑」について語るならまだしも、何かを語ろうとして適当に「残暑」という言葉を使う。その時、「残暑」は互いにとって単なる記号となる。しかも、両者のこの「残暑」という記号に対する定義づけが同一であるかどうかなど誰にも判らないのだ・・・。

「かっこいい」という言葉を使う時、「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」と心の何処かで思っていることは結構大事なことである。少なくとも、無自覚に嘘をついてしまう心配は、そうしない時よりもずっと減少する。自分のものでない言葉を疑いもなく使っていると、いつしか知らぬ間に大切な脳味噌を誰かに支配されてしまっていたなどということにもなり兼ねない。
久し振りに聴いた早川美夫の「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」は、ひしゃげた声で僕にそのように告げた。

※例えが「残暑」なのは、まあたまたま今がお盆の後だからである。
posted by og5 at 15:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お帰りなさい

お帰りなさい こんにちは
お帰りなさい こんにちは・・・

随分と久し振りだね
まあそこへお座りよ
よく冷えた麦茶でも飲んで
ゆっくりとくつろいでおくれ

カンカン帽を脱いで
丸い眼鏡ごしに
ジロリ

蝉の声も聞かないうちに
あの時は行っちゃったから
本当は思い出にさえ
まだなっていないんだけど

カンカン帽は確か
暗い納戸の中
ポツリ

今年の夏は随分と暑い夏だね
今年の夏は随分とね


お帰りなさい こんにちは
お帰りなさい・・・

縁側で鼻ぢょうちんを
ふくらませ居眠りしてる
心配はいらないけれど
蚊取り線香つけてみようか

カンカン帽につくね
除虫菊の強い
匂い

今年の夏は随分と暑い夏だね
今年の夏は随分とね


お帰りなさい
お帰りなさい・・・

楽しくてあっと言う間に
三日間過ぎてしまった
用意した大好物は
あんまり食べなかったけど

カンカン帽をかぶって
無表情に言った
行くよ

今年の夏は随分と暑かったよね
今年の夏は随分とね

お帰りなさい さようなら
お帰りなさい さようなら・・・

−BAD BENTO「お帰りなさい」より−
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2006年08月16日

「うつうつひでお日記」にはどっぷり浸るべし

うつうつひでお日記うつうつひでお日記
吾妻 ひでお

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「うつうつひでお日記」は、読むのに時間のかかる漫画だった。読み始めてすぐに、ちょっとうんざりした。字が小さく、そして多い。とにかく、派手なことが何も起こらないのだ。「事件なし、波乱なし、仕事なし」と帯にあるが、正にその通りである。日常の出来事に関係なくちょこちょこ挿入されている、吾妻ひでお好みの美少女の画だけが、僕にとってもオアシスのようなものだった。
しかし、今、数日がかりで、後書きや対談を含めてこの「うつうつひでお日記」を全て読み終えて感じているのは、不思議なことに「面白かった」なのである。どうして「面白かった」のだろう。

「失踪日記」が日記風に描かれた漫画であったのに対し、「うつうつひでお日記」は、作者自ら「まえがき」で述べているように、あくまでも「日記」である。2004年7月7日から翌年の2月16日まで、ほぼ7ヵ月あまりに亘って淡々と書き続けられたこの「日記」には、殆ど前と同じことが何回も何回も繰り返し出て来る。朝何時に起きたか、その時の具合はどうだったか、朝何を食べたか、また昼は何を食べたか、誰と会ったか、仕事をどれくらいやったか、あるいはやらなかったか、何を読んだか、それをどう思ったか、夜はよく眠れたのか、眠れなくて何の薬を飲んだのか等々・・・。
読者は果たしてこれ等の「日記」をどこまできちんと読むだろうか。作中、吾妻ひでおは実にたくさんの本を読み、そのことをインタビューで指摘されると、全てをきちんと読んでいるわけではなく、実は速読しているものも結構あるのだ、と答えるのであるが、多くの読者もそのようにこの「うつうつひでお日記」を流し読みしてしまうのではないだろうか、と僕は危惧した。

僕は昔から、例えば「巨人の星」等のスポーツ根性物の観客達の歓声までも全て読むようにしか漫画を読めなかった。またそれが普通だと思っていたので、友達と話していて、「歓声なんか読まないよ」と言われた時はすごくショックだった。そんな読み方では、その漫画の全てを読んだことにはならないのではないか、と密かに思っていたのである。
そのせいで、僕は速読が出来ない。ただ、お陰で「うつうつひでお日記」も、途中ではしょろうなどとは夢にも思わなかった。
だから最終的には「面白い」と思うことが出来たとまでは言わない。速読をした人の中にも「面白い」という結果に辿り着く人はいるかも知れないし、またその逆もあるだろう。しかし、ただひとつ言えることは、この作品においては「浸る」ことが非常に大事だ、ということである。何が起こるわけでもないが、とにかく吾妻ひでおの「うつうつ」な日常にどっぷりと浸ること。そうすることによって初めて得られる「味わい」が確かにあって、少なくとも僕は、オノマトペを含め全ての言葉と画を追うことによって、いつの間にかその「味わい」に到達し、この退屈な日記を「面白い」と感じるに到ったのである。
「浸る」というのは、作者にとっても、読者にとっても非常に贅沢なことである。意味のないことに時間を取られるということが、愛情に結びつくか憎しみに結びつくかは、また人それぞれではあるのだが・・・。

ところで、「うつうつひでお日記」は、「失踪日記」の続編ではないとのこと。気になる続編は(いつになるかは判らないが)、また別途出版されるらしい。
本当であろうか。

※因みに僕は、吾妻が嫌いだという女子高生がスカートの下にジャージをはくスタイルが結構好きである。
posted by og5 at 19:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サルスベリと「幽霊情話」

中庭のサルスベリが綺麗に咲いて、雲ひとつない夏空を背にして風に揺れている。
幹がツルツルで、木登りが得意なサルですら足を滑らせることがあるというこの木の名前の由来は聞いたことがありなるほどとも思うのだが、何故漢字で「百日紅」と書き表すのかについては少々疑問がある。
我が家のサルスベリの花は濃いピンク色をしている。他に白い花をつけるものもあるとのことだが、それと意識して観たことはない。つまり、僕の現実あるいは記憶にあるサルスベリはあくまでもピンク色であり、決して「紅色」ではないのである。
僕の「紅色」のイメージはサルビアの花のあの色で、あれが自分の家の中庭で夏の青空を背景に揺れている様を想像するとちょっと鬱陶しい。
もしかしたら、昔の人の「紅色」と僕の「紅色」は違うのかも知れない。僕の「濃いピンク色」が古の「紅色」に当たるのであれば、サルスベリは確かに「百日紅」なのだが・・・。

山上たつひこの「喜劇新思想大系」に「幽霊情話」という連作があって、僕はお盆になると何故かこれを思い出す。
ある雷雨の夜、べろんべろんに酔っ払った春助と筒彦は「三途不動産」で格安の物件(5DKで権利金敷金なし、家賃三千円の一軒家)を見つけ、早速そこに引っ越すことにする。きっと何かよくないいわれがあるに違いないという友人達の言葉通り、そこには骸骨の大家、斧で頭を割られた色ボケ女、女に振られて首吊り自殺した歯茎男、共同経営者に殺された胴体バラバラ男(四肢と首、腹に縫い目がある)、連続暴行魔に首を絞められて殺された女子高生、列車事故で未だ身元不明の脳味噌丸見え男等が住んでいるが、ユーレイと人間との地域共同社会を目指すという建前と家の維持費を得るためという大家の本音によって、春助は彼等と共同生活を始めることになる・・・。
「優しい幽霊」というのは、大島渚監督の「愛の亡霊」を観た時に初めて感じた目から鱗の幽霊観であるが、この「幽霊情話(その一・やさしき怨霊たち、その二・軍旗はためく柳の下に、その三・玉取り物語)」を読んだ時にも僕の目からはまた別の鱗が落ちた。「幽霊情話」によって、僕は「可愛い幽霊」を初めて知ったのである。
もちろん、それまでそんな幽霊観が一度も表現されていなかったというわけではない。日本の古典を紐解けば、そういった例は数限りなくあるだろう。ただ僕が知らなかっただけである。

お盆には、あの世(過去)や都会から色んなものが帰って来る。そして、それはご先祖様や家族、死んだ友達やまだ生きている息子夫婦や孫ばかりではないのだ。
8月15日に日本が終戦を迎えたということには、やはり意味があるだろう。あの戦争が終結する以前の「お盆」を、僕は想像することも出来ない。
きっと戦前のお盆にも咲き、真夏の青空の下風に揺れていたであろうサルスベリが、どぎついアカではなくてちょっとだけ慎み深く濃いピンク色であるということは、僕を何となくほっとさせてくれる。
やって来る「幽霊達」が優しいかどうかは別にして、迎える側だけでもせめて優しくありたいと思うからである。

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2006年08月14日

グラスの告白

ギュンター・グラスが、17歳の時にSS(ナチス親衛隊)の戦車部隊に加わっていた過去を、新聞社とのインタビューで告白したという記事を読んだ。

そう思って振り返ると、「ブリキの太鼓」や「犬の年」で描かれていた市民のリアルな感じ、外からナチスを糾弾するというよりは、(非常に独特な表現方法ではあるけれど)ただ事実を事実として描こうとした結果、やがてそこから「時代」が浮かび上がって来たとでもいうようなあの感じは、触れたくても触れられない過去があったからこそ得られた効果だったのだろうかという気もして来る。

「ひらめ」以後の文学作品は入手困難だったこともあって読んでいないし、彼の東西ドイツ統合等に関する論文も読む気にはならなかったから、僕のギュンター・グラス体験はほんの限られたものでしかないけれど、しかし、少なくともその部分限定的な僕のギュンター・グラス歴の諸作品(「ブリキの太鼓」、「猫と鼠」、「犬の年」)と、今回明らかにされた彼がSSに所属していたという事実は、実はちっとも矛盾してなどいないと思う。

擁護する気もないし、また僕の擁護などこのノーベル文学賞受賞作家にとって何の意味もないだろうが、そういうことではなく、やはり彼だから(SSに所属していたということも含め)あれらの作品は書かれなければならなかったのだろうし、また書くことが可能だったのだろうと思うのだ。

ギュンター・グラスはダンツィヒ生まれのドイツ人だが、この話題、何だかとってもお盆に相応しいような、そんな気がする。

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2006年08月13日

盆休み 妻に隠れて 「サンゲリア」

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妻に隠れてルチオ・フルチの「サンゲリア」を観た。
「サンゲリア」は、ジョージ・A・ロメロのゾンビ三部作、ダリオ・アルジェントの「サスペリア」などと共に、70〜80年代ホラーを代表すると称されるイタリアン・ゾンビ映画の傑作である(とそのように言われている)。

ところで、僕は何故今まで、この「傑作」を観ることなく過ごして来てしまったのか。それは、その内容があまりに強烈(そう)過ぎて、そのゴアリーなシーンの数々に果たして自分が耐えられるかどうか自信がなかったから、ということに尽きる。あの有名な、女性の眼球に木片の切っ先が突き刺さるシーンなど、想像するだけでもう具合が悪くなってしまいそうに思えた。映画雑誌などで見るゾンビの造形も、ロメロのものと比較すると何とも泥臭く、スタイリッシュでない分「毒」が強そうに感じられた。つまり僕は、「これは性質が悪い」と勝手に思い込んでしまっていたわけである。
ただ、それでもやはり興味はあった。だからDVDは買っていた。何度かパソコンにセットもした。しかし、逡巡した挙句、その都度結局は止めにしてしまっていた・・・それが実態であった。
実は、とうとう今回この映画を観るに到ったきっかけというのが、「YEAH YEAH YEAHS」のライブDVDであった。妻の留守中に彼等の「Tell Me What Rockers to Swallow」をかけ、カレンOの無茶苦茶エネルギッシュで適当なパフォーマンスを観ていたら、何となく「ノリ」で「サンゲリア」にも手が伸びてしまったのである(カレンOに感謝)。

さて、初めて目の当たりにした伝説の「サンゲリア」に対する僕の感想はというと、それは意外にも「実に渋い」であった。
ストーリーがとてもシンプルだ。無人のクルーザーがニューヨークに流れ着き、これを捜索中の警備員が潜んでいたゾンビにいきなり襲われる。行方不明の父(クルーザーの持ち主)を探す娘アンと新聞記者のピーターが、自家用クルーザーでバカンスを楽しむカップル(ブライアンとスーザン)と一緒に西インド洋に浮かぶ(海図にも載っていない島)マツール島に辿り着くと、そこには死人がゾンビとして蘇える奇病が蔓延していた・・・。
難しい話など一つも出て来ない。しかし、物語は適度な緊張感に包まれながらラストまで(決して必要以上に盛り上がることなく)淡々と突き進む。
最後、島を脱出したアンとピーターの耳に飛び込んで来る、ニューヨークがゾンビだらけになってしまっているというラジオのニュース。そのニュースを聞いた、二人の虚ろな目が堪らない。尊敬するジョージ・A・ロメロ監督のリビング・デッド作品も、(ちょっと毛色は違うけれど)大好きな「悪魔のいけにえ」も、観終わった時そこには大きな大きな虚無感が残され、それがまたこれら70年代ホラーをこの上なく魅力的にしているのだが、この「サンゲリア」にも実に独特かつ濃厚な虚無感が漂っている。もちろんこれらの作品に漂う「気分」はそれぞれ全く異なるのであるが、「虚しい」という括りだけは何故か共通であるような気がする。

適度にお色気も入っているし、血みどろのゲチョゲチョもそんなにひどいわけではなかった。カッチリと締まった、本当にいい(面白い)映画だと思った。
確かに、突っ込み所がないわけではない。クルーザーはいつ直ったのかとか、何百年も前の墓から蘇えるゾンビは骨だけになっているべきではないのかとか・・・。しかし、海の底に意味もなく潜み、襲いかかる鮫の肌を歯で食い破るゾンビという発想には、ただただ「見事」と唸るしかなかった。
これは、やはり、時代の「傑作」なのである。

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ヤー・ヤー・ヤーズ

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posted by og5 at 22:34| Comment(5) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月08日

お前をはがしてさらってゆきたい

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夏だ、水着だ、「ピンナップ・ベイビー・ブルース」だ。
というわけで、僕は昨日から無性にシーナ&ロケッツの「ピンナップ・ベイビー・ブルース」が聴きたかったのである。
僕の中でシーナ&ロケッツは結構微妙な存在ではあるけれど、この曲「ピンナップ・ベイビー・ブルース」だけは文句なしの名曲だと思っている。

胸騒ぎのようなギターとドラムの音に導かれて、過酷な現実が唐突にやって来る。この鮮やかなイントロにサックスとピアノの音が絡みつく時、その凄過ぎる歌詞を耳にするまでもなく、僕達には、これが一人の「病んだ者」の実に孤独な物語であることが既に提示されている。
とにかくカッコイイのだ。そして生々しいのだ。
このバンドにしては珍しく間奏が長いのもいい。「♪ピンナップ・ベイビー ぴンなっぷ・ベイビー(ベイベー)」と繰り返されるコーラス部分のダルサ加減も実にいい感じだ。

歌詞が素晴らしい。僕は、この歌詞を書いたという事実だけで糸井重里を尊敬する。
「お前をはがしてさらってゆきたい」などという歌詞が今まであっただろうか。「いつもの地下鉄プラットホーム」「海辺が見えたよプラットホーム」、ああ、こんなに変態なのにこんなに純愛だ。
同じように「病んだ者」の歌として真っ先に思い出されるのは、ムーン・ライダーズの「青空のマリー」であるが、「青空のマリー」においては、曜日を追って孤独な恋愛(あるいは犯罪)が一応は「場面転換」と共に歌われ、そこに一種書割めいたバーチャルな青空のイメージが重ねられるのに対し、「ピンナップ・ベイビー・ブルース」では、その場所はあくまでも「いつもの」場所「地下鉄のプラットホーム」だ。
時の経過は、ある。しかし、彼女はそこにいる。いつでもそこにいる。そして、ある日彼女は突然にその姿を消してしまう。
これは、もう徹底的に片思いの歌なのである。

「ピンナップ・ベイビー・ブルース」の、地下鉄駅の夏の水着のピンナップというその恋の対象はあまりにも具体的かつリアルである。シーナの歪んだヴォーカルと相俟って、この曲は僕に狂おしいほどの「夏」を想起させる。その「夏」は人込みの中、ちょっとした日陰で実に恨めしそうに太陽を見上げている。
posted by og5 at 23:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月07日

顎が落ちて来る

顎関節症というのだろうか、医者には行かなかったので正式な症名は不明であるが、20〜30代の頃、僕の顎は頻繁に外れた(僕の顎は右でも左でも構わず、しかし片方ずつ外れるという癖があった)。
一番最初は映画館の中で、その時僕はあるつまらないアメリカ映画を一人で観ていた。

もう題名も思い出せないその青春映画は、みんなに無理矢理生徒会長にされた冴えない男子高校生が、ダンス・パーティだったかダンス・コンペティションだったかを、教師の反対等山積する様々な問題を乗り越えて成功させ、最終的に多くの生徒達の人望を勝ち取る、というストーリーで、とにかく主役を演じる役者が、いくら冴えない男子高校生という設定とはいえあまりに魅力に乏しく、映画館の暗闇の中、僕は途中からもうかなり退屈していたのであった。
退屈すればあくびが出るのは世の必定である。人目があれば口を大きく開けないよう気を遣いもする。手をあてがい、あるいは出るあくびを噛み殺したりもするかも知れない。しかし、そこは映画館の中、しかも上映中の真っ暗闇の中であった。
僕はあくびをした。そして、それは全く開放感に満ち溢れた完璧に自由なあくびだった。僕の顎関節に異変が起こり、殆ど生まれて初めて、そこに関節というものがあるのだと意識したのは正にその瞬間だった。

その時、実は映画はクライマックスを迎えていた。クライマックスに退屈のあくびが出る映画というのもどうかと思うが、しょうがない、出たものは出たのであって、その結果僕の顎は外れてしまったのである。問題は、もうじき映画が終わり照明が点くということであった。醜くて冴えない男子高校生がいい気になって同級生達に祝福されている。僕は口をココロのボスのように開けたまま涎を垂らしている。こんな姿を人に見られたくはない。これは僕にとっては悲劇だが、他人にとっては正に喜劇であろう。笑わせる気もないのに人に笑われるのだけは御免だ。この映画にもう一波乱はないのか。ああもうエンド・ロールが流れ始めた。ああもう曲が終わりそうだ。ああもう映画会社のマークと世界で何番目の映画かというあの読めない数字が・・・。

場内が明るくなった時、幸いにも僕の顎は元の位置に納まっていた。人間、いざとなれば初体験でもどうにかなるものである。
嵌ったとはいえ顎はジンジンと痛んだが、僕はグッタリと固いシートにうずくまり、一人だけ場違いにハアハアと荒い息を吐きながらも、内心ホッと安堵の溜息をついていた。

経験から言うと、顎というのは直線的にいくら力を加えても嵌ってくれるものではなく、一度縦に引っ張って、位置をずらしてから斜めに力を加えてやらないとどうにもならないものである。今ではそんなことは充分身に染みているので、例え顎がまた外れてしまっても焦りはしないだろうが、でも、やっぱり嫌だなと思う。

※これが噂のココロのボスです。
       ↓
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posted by og5 at 17:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月05日

セミの恩返し

木曜の夜、妻と一緒に映画を観て帰宅すると、玄関の前にセミの抜け殻が落ちていた。
風で飛んで来たのか、それとも猫かスズメにでもくわえて持って来られたのかと思い、引っくり返っているそいつを摘み上げようとしたら、乾燥した六本の脚が思いがけず僕の人差し指をカリカリと掻いた。
そのしがみつき方が予想以上に力強かったので、僕はこれならちゃんと孵るかも知れないなと思い、よく観ると背中の辺りなどもうかなり黒く盛り上がっているそのセミの幼虫を、玄関脇にあるヒバの木の幹にちょこんと置いてやった。
セミの幼虫は、最初こそ危なっかしげにヨタヨタと不安定な場所を(わざと選んででもいるかのように)歩いていたが、やがて、おそらくもう落ちる心配はないであろう安定した一本の太い枝の上にその位置を占めた。
「さあ、もう入ろうよ」と妻が僕に声を掛けた。僕は玄関の鍵を取り出し、そして二人は家へと入った。

次の日の朝、飲み終えたコーヒーカップを流しの洗い桶に浸してから玄関へ向った僕は、同時に二つのことを考えていた。一つは、やはり結局は木から落ちて、昨日と同じように仰向けに引っくり返って死んでしまったセミの幼虫の姿。そしてもう一つは、背中が割れて中身が空っぽになったセミの抜け殻が、昨日僕があの落ちこぼれを置いてやった木の幹の丈夫な枝の辺りにカラカラになってくっついている場面である。
靴紐を結んでから、僕は玄関の戸を開き、そしてすぐに右手脇にあるヒバの木を見上げた。何もないように思えたので、今度はその根元の地面を見た。やはり、何も落ちてはいなかった。僕はもう一度幹に目をやった。そして、今度はじっくりと、両目で木の皮を調べていった。

いた。
いや、「いた」というのはおかしいかも知れない。それはもはや抜け殻なのだから、「あった」というべきなのかも知れない。
とにかく、それは、二つ、あった。どちらが昨日のあの落ちこぼれだろう、と少し考えた。でも、すぐにそんなことは考えても無駄なことだと思い直した。第一、そのどちらもが昨日のセミではないかも知れないのだし、それに、もしそうだとすれば、昨日のセミはやはり何処かに落っこちて死んでしまっているのかも知れないのだ・・・。
だが、結局僕は、やはりあいつはちゃんと孵ったのだ、と思うことにした。
その時、そのヒバの木の幹の何処かで、数匹のセミがひび割れた夏の歌を歌っていることに、僕は突然気付いた。セミの声というものは、ふとしたきっかけで聞こえなくなったり、また突然聞こえて来るようになったりする不思議なものである。

自転車で会社に向かいながら、いつか僕が地獄に落ちた時に、果たしてあのセミはお釈迦様と相談して僕を救ってくれるだろうかと考えた。が、すぐに、セミでは僕に天上から糸を垂らすことも出来ないではないかと気付き、自分の浅ましい考えに苦笑した。

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posted by og5 at 16:06| Comment(5) | TrackBack(1) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月02日

「昭和ブルース」を聴く

ザ・ブルーベル・シンガーズの「昭和ブルース」がどうしても聴きたくなって、通販でシングル盤を購入した。会社から帰ると届けられていたそのレコードは、それ自体が昭和の匂いをプンプンさせて、ターンテーブルの上、45rpmの速さでクルクルと回転した。

包装を解いて最初にジャケット写真を見た時には、それが昔テレビで観たメンバーの顔とあまりに違っていたので「あれッ?」と思った(何しろそこには女性まで写っていたのである)。だが、その写真をよく見ると、それはこの曲がサウンドトラックとして使われていた映画「若者はゆく」の出演者達であることが判った。インターネット情報によれば、写っているのは(それぞれ若き日の)佐藤オリエ、田中邦衛、山本圭、橋本功、松山省二という面々である。
僕は、この曲が当時の青春映画の主題歌だったことも初めて知った。その頃の僕はそんな周辺情報もまるで知らず、ただテレビ番組の彼等(ザ・ブルーベル・シンガーズ)と、この「昭和ブルース」という曲が大好きだったのである。

「うまれた時が 悪いのか それとも俺が 悪いのか♪」という山上路夫にしては珍しく暗い歌詞が、ここ最近ずっと僕の心をざわめかせていた。
山上路夫といえば、「翼をください」や「或る日突然」、あるいは「夜明けのスキャット」など、どちらかというと「軽音楽」っぽい歌詞のイメージが僕には強いのだが、この「昭和ブルース」はそれらの曲とは明らかに印象を異にしている。
そして、そのかなり暗い曲を歌うザ・ブルーベル・シンガーズの歌声にも、僕はここ数週間継続的に恋焦がれていた。低音ボーカルと高音ボーカルの対比、特にファルセットで歌われる2番と4番のサビの部分が、聴きたくて聴きたくてたまらなかった。

改めて聴いてみて思ったのは、爪弾かれるギターの音と掛け合いのように歌われる導入部も実に色っぽいが、やはり何と言ってもこの曲の最大の魅力はサビ部分のファルセットの美しさと艶っぽさにあるということであった。
「昭和ブルース」というと、一般的には天知茂ということになるのかも知れないが、でも、僕の場合はやはり絶対に(ザ・)ブルーベル・シンガーズである。
posted by og5 at 22:06| Comment(6) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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