2008年02月28日

ドレッシングが来た日

かつて、生で食べる野菜といえば、キュウリ、キャベツ、トマトくらいなものであった。
僕の実家では、生のままの長ネギやラッキョウに味噌をつけてバリバリ食べるという習慣があったが、これはあくまでも特殊な例であろう。
いずれにしても、そこに「野菜サラダ」という感覚はなく、だから味付けも、キュウリなら塩か味噌、キャベツならソース、そしてトマトなら塩とだいたい相場が決まっていたのである。
それぞれ単体の塩味噌ソースを、普通ドレッシングとは呼ばない。僕の実家には、そもそも「サラダドレッシング」という概念が存在しなかった。

お中元か何かの頂き物がどうも「サラダドレッシング」らしい、というのが騒ぎの発端だった。
家中ちょっとうろたえた。ただ言葉としてのみ知っていた別世界のハイカラな液体が、その箱の中には3本も並んでいたのである。
僕達はそわそわと、家の歴史始まって以来の「生野菜盛り合わせ」を準備した。なにしろ「サラダドレッシング」だ。生でなければならない。ほうれん草や白菜のおひたしでは駄目なのだ。
あそこにレタスはあっただろうか。あったかも知れない。パセリはあっただろうか。当然あったであろう。もしかしたら、輪切りにしたゆで卵だって、そこには並んでいたかも知れない。

箱の中から、姉が缶を1本取り出す。そして、缶切りで対角線上に穴を開ける。
とろりと流れ出し野菜に絡み付いて行く金色に輝く液体。
僕達は、何故か少し照れながら、初めての「野菜サラダ」に箸をつけた・・・。

我が家初の「サラダドレッシング」は、実はただの「サラダ油」であった。
それまで、そんなお洒落な缶に入った食用油なんか一度も見たことがなかったから、誰ひとりとして、それが「サラダドレッシング」であることに疑いを持たなかったのだ。
もちろん、ひと口食べた瞬間、僕達は過ちに気付き、箸を置いた。
全員が、無言であった。
そんな、我が家に初めてドレッシングが来た日のことを、僕は今でも時々、ほろ苦く思い出す。

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2008年02月26日

「走れコウタロー」考

何の脈略もなくある歌が心に浮かんで、ずっとリピートし続けるということがある。
今日は、小雨の帰宅途中、どうしてだか突然「走れコウタロー」がわいた。
「走れコウタロー」(作詞・池田謙吉、作曲・池田謙吉/前田伸夫)は、ソルティー・シュガーの大ヒット曲。今はもう手元にないけれど、中学生の頃はシングル盤も持っていた。
突然わいた「走れコウタロー」の歌詞は、僕を感動させた。というのも、コウタローが実は失敗してしまったのだ、と(呆れたことに今頃になってやっと)気付いたからである。

コウタローは、「スタートダッシュで出遅れる」し、「どこまでいっても離される」駄目な奴である。一応は「天下のサラブレッド4歳馬」なのであり、ハレのダービーにも出ているのだから、全くの駄馬というわけでもないのだろうが、圧倒的に分は悪い。
だが、「ところが奇跡か神がかり」なことが起こる。コウタローが「いならぶ名馬をごぼう抜き」し、「いつしかトップにおどり出て」しまうのだ。
どうやらコウタローに有り金の全てを賭けていると思しき「おいら」は大喜びだ。

走れ走れ コウタロー
本命穴馬 かきわけて
走れ走れ コウタロー
追いつけ追いこせ 引っこぬけ

しかし、いいことばかりは続かない。調子に乗り過ぎたコウタローは、何と「ついでに騎手まで振り落と」してしまう。
つまり、失格である・・・。

結果が全てだ、という人がいる。また、結果だけが全てではない、という人もいる。
前者が真実なら、コウタローはただのお調子者の馬の骨であるが、後者につきまとう「慰め感」もコウタローにはそぐわない。
コウタローははっきりと失敗したのだ。だが、多分歯をむき出しにして笑っている。
その無意味な元気が感動を呼ぶ。
この時、実は失敗自体が意味を失っているのである。

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ユートピアに行こう

ユートピアに行こう
みんな一緒に
ユートピアに行こう
裸足になって

心優しい人たちが
命をはぐくむ
そして地上に満ちて
喜びがあふれる

ユートピアに行こう
ユートピアに行こう
死んでもたぶん
気付かぬ世界に

ユートピアに行こう
みんな一緒に
ユートピアに行こう
全てを捨てて

心優しい人たちが
命をはぐくむ
やがて過剰に満ちて
憎しみがあふれる

ユートピアに行こう
ユートピアに行こう
かつて地獄と
呼ばれた世界に
ユートピアに行こう
ユートピアに行こう
靴を探しに
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2008年02月25日

酒田にて〜「土門拳記念館」、「Bar JOCKAMO」

昨夜は、酒田「Bar JOCKAMO(バー・ジャカモ)」にて、僕も歌詞を書いている秋田のバンド「RUBBER SOLE」が、鶴岡の「マルチ放電」とジョイント・ライヴ。夫婦して午前中に秋田を出発した。
酒田は近いし、行くのも(もちろん)これが初めてではないが、せっかく行くからにはいろいろ楽しみたいと思うのが人情。面倒臭がり屋の僕を気遣いながらも、妻はそれなりに計画を練っていた。

買い物編は省略するが、やはり断然よかったのが「土門拳記念館」である。現在展示中の「土門拳が好きだった仏像」と「風貌」を、二人だけでのんびりと観る。
僕は、特に「風貌」にそそられた。土門拳が撮った各界著名人のモノクロの肖像写真なのだが、そこに付された彼の文章がまた素晴らしいのだ。
「写真とは撮る人のものの見方である」というイサム・野口の写真に添えられた文章の一節に、僕は深い感銘を受けた。そして、自分が今まで戯れに撮った写真のあれやこれやを思い出し、その(技術的にも情緒的にも)ピントのずれた有様に、思わず赤面したのである。
そうか、僕の「ものの見方」は「いい加減」だったのだ!
じっくりと読み直したくて、約1万円する写真集も購入。
ホームページによると、「〜神話の里〜 日向」という企画もあったようなのだが、何故かまるで気付かず見逃したのがちょっと残念である。

さて、夜の部。ライヴは両バンドとも大変に楽しかった。図々しく打ち上げにも居残り、下らないことや馬鹿馬鹿しいことを話した。酔っ払っていたので、人の話した下らなくないことや馬鹿馬鹿しくないことをすっかり聞き逃してしまったような気もするけれど、ジューク・ボックスのアナログな音が心地よかった。

〔追記〕
「RUBBER SOLE」のラッパ担当K君推薦の「三日月軒」で昼に食べたラーメンは非常に美味であった。
いずれにしても、また行かねばなるまい。

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タグ:土門拳
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2008年02月23日

良いチャップリン、悪いチャップリン

「パレット(PALETTE)」はスズキ自動車の軽ワゴン車である。
「上げました。下げました。できました。広さ大成功!」がキャッチコピーで、要するに、車内の屋根を高くし、同時にまた床を低くしたことによって軽なのに大変に広くなった、と言いたいわけである。
TVコマーシャルにおいても、当然その「売り」が表現される。
真っ白い画面の向こうからヒョコヒョコと歩いて来た「チャップリンもどき」が帽子を軽く持ち上げて挨拶する。次いで、見えない座席に腰掛けた状態で見えない屋根を持ち上げ、見えない床を押し下げる。見えない広いシートで両手両足を広げてゆったりとくつろぐ「チャップリンもどき」。
「大成功!」である。

しかし、僕はこのコマーシャルがちょっと苦手なのだ。

チャップリンという人は、欧米人にしてはひどく頭でっかちで短足だった。
普通に考えれば、全然カッコよくない。カッコ悪い。見境なくすぐに誰かを好きになってはにかむ図など、むしろ「気持ち悪い」に近い。
しかし、その彼が白塗りであることで、多分全ての(「気持ち悪さ」を含む)欠点が戯画化作用を受け、許容すべき「弱さ」に変化した。そして、実際に許容されたばかりか、更に一歩進んで愛されもしたのである。
しかし、では、スタイルのいい欧米人が白塗りをしたらどうなるのか。
実は、ここで逆転が起こる。実際には気持ち悪くもなく、もしかしたらカッコいいかも知れない「白人、男」の白塗りは、(彼がそうしていながらおどけている場合は特に)「怖さ」に結び付いてしまうのだ。

僕が「パレット」のCMに感じる不快は、まさしくそんな「怖さ」である。
そして、その嫌なパルスの発生源は、「チャップリンもどき」の(白塗りにしては長過ぎる彼の脚に特に顕著な)スタイルの良さなのである。

※「良いチャップリン」のシルエット。
        ↓
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2008年02月21日

手作り餃子

中国で生産された「手作り餃子」が問題になっている。
「冷凍食品はお弁当に欠かせないので困ります」という街頭インタビューを見て、少なからぬ人が「冷凍食品以外でも弁当は作れるだろうに」と疑問を感じていることであろう。
また、「餃子くらい自分の家で作ればいいのに」という正論も新聞や雑誌などでよく目にするが、問題になっている餃子自体が「手作り」なので、単純に「手作りすればいいのに」と言えないところがちょっともどかしい。

さて、世間で餃子が話題になっているからかどうかは判らないけれど、僕は今日、会社に入ってまだ間もない頃、数名の同僚と一緒にある先輩の家に招かれた時のことを思い出した。
その夜のご馳走のメインはそこの奥さんの「手作り餃子」であり、そして、先輩は、「これだけは自慢出来る『ウチの味』だ」と半ば照れながらもきっぱりと断言したのであった。
僕は、その時、ひどくびっくりしていた。というのも、僕はそれまで「手作り餃子」などというものを一度たりとも食べたことがなかったからである。
実は、初めて食べる「手作り餃子」は、羞恥と狼狽のせいでほとんど味がしなかった。

母は、亡くなるまでネズミのように働いた。子年生まれだったこととは関係ないかも知れないが、元々何かしているのが大好きな人で、父の稼ぐ生活費が足りなかったこともあったのだろう、家事を全てこなしながら、かなり長い期間小さな板金会社に勤めていた。
母は、決して手を抜いていたわけではない。しかし、我が家の餃子は手作りではなかった。
「出来合いの餃子」が僕の常識だったから、家庭で作ったオリジナルな具を皮に包み込んで焼く、などという世界がまさかこの世に存在するなどとは思いもよらなかった。

僕は、何故あの時狼狽し、また同時に恥ずかしいと感じたのだろう。
もちろん、母を恥ずかしいと思ったのではない。そんな家庭環境が恥ずかしかったわけでもない。
強いて言えば知らないことが恥ずかしかったのであり、「手作り餃子」は、僕にとって「豚肉を使わないすき焼き」と同じくらいのカルチャーショックだったのである。
タグ:手作り餃子
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2008年02月17日

きれいなお姉さん

綺麗なお姉さんの「綺麗」は意味を持った漢字ではなく、「きれい」とひらがなで表記されるべきなのかも知れない。

僕が小学校2年生くらいになるまで住んでいた家の近所に、「ともこさん」というお姉さんがいた。多分、当時中学生くらいだったと思うのだが、そこいら周辺の小さな子供達の面倒をよく見てくれていた。異性に憧れなど抱く知恵がつくはるか前のことではあるから、僕の彼女に対する接し方を的確に表現しようとすれば「なつく」ということになるだろうが、僕にとって「ともこさん」はまさしく「きれいなお姉さん」だった。
「きれい」は「優しい」と同義だったり、「安心出来る」の翻訳だったりする。
「ともこさん」は、今思い返してみれば、そんなに綺麗でもなく、(近所の子供の世話ばかり焼いているくらいだから)同年代の友達もいなかったのかも知れないが、大袈裟に言えば、人間の素晴らしさはそんなこととは関係なく自分にとっての本質をちゃんと見抜くということである。もしくは、より動物的である、ということか。
いずれにせよ、もうすっかり「綺麗」に慣れてしまった現在の僕の目には、おそらく「ともこさん」の「きれい」は見えない。

冬、彼女と僕ともうひとり、僕より更に小さな男の子と3人で、そり遊びをしたのを憶えている。僕はその頃小学校1年生くらいだったろうか。
隣町との境を流れる川と堤防。その堤防に寄り添うように並ぶ集合住宅を左に見てしばらく歩くと、鉄橋に続くむき出しの線路があった。今では考えられないことだが、かつてはこのように、防護柵もない線路が、その地域の子供達の生活と隣接していたのだ。
小さな男の子をそりに乗せ、彼女が引いて僕が押した。そして、やっと線路まで辿り着くと、僕達は途方に暮れてしまった。
暗い空、何もない野原、寒々とした灰色の風景を切るように流れる黒い川と、吹雪の中とぎれとぎれに見える細い線路。僕達の他に、人は、誰もいない。
そこには、楽しいことなど何ひとつなかった。そのことに、突然気付いた。
「帰ろうか」とふいに彼女が言った。
灰色の雪景色を背にした、吹雪の向こうに見える「ともこさん」の顔を、僕は今思い出すことが出来ない。
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2008年02月16日

ブルブル

冬の朝、積もった雪で、まるでかまくらみたいになってしまった車を前に、途方に暮れることがある。
そんな時、いつも、車に、ある機能がついていればいいのになあ、と思う。
エンジンをかける際、あらかじめ調節しておいた目盛に従って、水浴び後の犬のようにブルブルと、かつ強烈に数回身震いして、勝手に積もった雪を払い除けてくれる、そんな機能である。

いいと思いませんか?
posted by og5 at 16:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あなたでしたの?

浮浪者が盲目の花売り娘に一目惚れする。娘は、毎日のように花を買ってくれる浮浪者を、裕福で心優しい紳士だと思い込む。
浮浪者は、家賃を払えず立ち退きを迫られている娘をどうにかして助けてやりたいと考え、失敗を繰り返した挙句偶然手に入れた千ドルを、家賃及び目の手術代として娘に手渡す。しかし、その直後、彼は無実の罪で警官に捕まってしまう・・・。
浮浪者を演じるのは、もちろんチャーリー・チャップリン。名作「街の灯」である。

さて、やがて刑務所から出た浮浪者は、視力を回復した花売り娘と再会する。
だが、娘は、彼をあくまでも金持ちの青年だと思い込んでいるから、最初は全くそうと気付かない。いや、最後まで気付かず、浮浪者のあまりの惨めさを憐れに思い、売り物の花と小銭を手渡そうとする。
そして、その時握った手の感触から、ようやく、彼が「彼」だということに気付くのである。
「あなたでしたの?」と娘は言う。

まだ若かった頃、僕にはこの台詞が全く理解出来なかった。単純に、ハッピー・エンドだとばかり思っていた。いや、それだって間違いではないのだけれど、「そうでない」解釈が他にもあるということに、そしてそのことこそがこの映画を「普遍」にしているのだということに、思い至ることが出来なかったのである。
恩人であり憧れの的でもあった裕福なジェントルマンと薄汚れた浮浪者とのギャップ。この再会は、浮浪者にとって残酷であるのと同じくらい、娘にとってもまた残酷である。

今まで見えなかったことが見えるようになる、ということが、ただ単純に幸せなことだとは限らない。
サイレント映画がトーキーになり、人は役者の声を手に入れた。CG技術で、今では出来ないことなど何もないのが映画の世界ではあるけれど、それは果たして手放しで喜び、かつ受け入れるべき「成長」なのだろうか。
ちなみに、僕が初めて体験した「街の灯」は、赤塚不二夫バージョン。「おそ松くん」の「イヤミはひとり風の中」という時代劇で、イヤミが落ちぶれた浪人(浮浪者)に扮していた。

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2008年02月14日

股引の不思議

今年一番の寒気が日本列島をおおっている。
秋田も、当然おおわれている。
よって、妻は股引をはけと気遣い、僕は鏡の中に見慣れぬおっさんを見る。

家には今二枚の股引があって、一枚はくるぶしまでのごく普通のタイプ。もう一枚が膝より少し下までの、云わばステテコ式である。
昨日はスタンダード・タイプをはいて会社に行った。
温かったが、帰宅してからそのまま家の前の雪掻きをしたら大汗をかいてしまった。
股引は即洗濯籠行きとなり、昨日と同じような寒気の今日、だから僕はまだ封を切っていなかった包装をといて、新品のステテコ式股引を取り出し、身に着けたのである。

はいた第一印象が、「寒い」であった。しかし、その内体温が馴染んで暖かくなるのだろう、と高をくくって、僕は身支度を整え会社に向かった。
ところが、一歩家を出た途端、寒さはいよいよ身に沁みた。これは、外に出たが故の寒さではない。ステテコ式股引をはいているが故の寒さなのだ、とその時身体が直感していた。

スタンダード・タイプと比べてステテコ式が保温性において劣る、ということは理解出来る。だって、膝から下がないのだから。
しかし、問題は、パンツ一丁の上に直接ズボンをはいた時よりもなお、ステテコ式をはいた状態の方が寒い、ということなのだ。

家に帰り、ステテコ式を脱ぎ捨てて、やっと僕はサワサワしたステテコ式寒さから開放された。
今、僕は思う。
これって、もしかしたら夏用なのか?
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2008年02月13日

VOW!!

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別冊宝島「世界最大の『お笑い投稿』本 ニッポンの笑いVOW!!」を買った。
表紙裏の挨拶文によれば、「爆笑投稿、ニッポンの笑い VOW!!です。もう30年なんですよ。くだらないですねえ。意味がないですねえ。でも面白い。おかしい。尽きない。弊社、別冊宝島1500号突破記念のお祭りに乗じて、作ってみました。」ということらしい。
「VOW」とは「VOICE OF WONDERLAND」の略。新聞や雑誌の誤植、あるいは怪しい看板、街で見かけた微妙な物体などを読者が重箱の隅をつつくように投稿するコーナーで、単行本ももうかなりの数出ているはず。世に「VOW」の種は尽きまじ、である。

さて、今回は特別版ということで、著名人がVOWについて語り、特に気に入っていると思しきVOWネタをそこで一緒に紹介するコーナーなどもあったのだが、久し振りに見るその「クラシックス」がまた面白い。
特に可笑しかったのが、清水ミチコのページにあるネタ。
その写真はシド・ビシャスとナンシー・スパンゲンのパンクなツーショットなのだが、キャプションが、何と「シド&ビシャス」となっているのである(そういえば昔、「もんた&よしのり」というのもあったような気がする)。
しりあがり寿のご推薦、シーナ・イーストンの写真に「シーラ・イーストン」(もちろん、シーラ・Eとの混同)とキャプションがついているのも最高で、どちらも思わず声を出して笑ってしまった。

ところで。
思いがけずシド&ナンシーの写真なんか見たからか、僕は意味もなく和泉聖治監督の映画「魔女卵」で、主演の渡辺祐子が「うちはナンシー・スパンゲンになるんや!」とか何とか叫ぶシーンを思い出していた。
我王銀次も死んでしまったんだよなあ、などと感慨に浸る。
何故だろう。
ああ、日曜日「LONDON CALLING〜」を観たことと、何処かでつながっているのかも知れないな。

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タグ:宝島 VOW
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2008年02月11日

「ロンドン・コーリング〜」、そして「タロットカード殺人事件」

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またもや映画のはしごです。

昨日1本目は、シネマパレで「LONDON CALLING/ザ・ライフ・オブ・ジョー・ストラマー」。
カッコよくてカッコよくてしょうがないクラッシュが観られるのかと思っていたら、スクリーンに映し出されたのは、しょぼいし臆病だし融通の利かない馬鹿だけど何事にも一途ではあったジョン・メラー、ウッディ、ジョー・ストラマーの身も蓋もない50年の生涯であった。
「白い暴動」をたまたま遊びに来た中学時代の友達に興奮して聴かせたら、その感想は困ったようにただひと言、「パンクって、歌下手糞なんだなぁ」だったことを思い出した。
冒頭、ヘッドフォンをつけて「ホワイト・ライオット」を歌うジョー・ストラマーの裸の声にバンッと音がかぶさった瞬間、僕の背中には電気が走った。
パンクは、ただ音楽として僕の前に現れたのではなかったのだ。
一番好きだったシーンは、焚き火を囲んだ友人達が、ギターを弾いたり、その辺にある板を叩いたりして、みんなで「アイ・フォート・ザ・ロウ」を歌うところ。「僕は法と戦い、そして敗れた」と繰り返される歌詞が胸に迫った。その時、僕の頭に、「人は負けるようには作られていない。人は殺されるかも知れない、けれど負けはしない」というヘミングウェイ「老人と海」の一節が浮かんで来た。
そうだ。ジョー・ストラマーは、あの年老いた漁師サンチャゴのように、決して負けなかったのだ。
僕は、「老人と海」を読み返さなければならない。

2本目は、ルミエールで「タロットカード殺人事件」。
スプレンディーニ(ウディ・アレン)がマジックの舞台で見せる表情にまずは大爆笑。筒から花を出したり、ハンカチの柄をバラバラと落として無地にしたり、シルクハットからトランプのカードを飛び出させたり、とチープな手品を立て続けにやるのだが、その度に「何で?」とでも言いたげな実に寂しそうな顔を大受けの観客席に向けるのである。あれ、可笑しかったなあ。
また、ウディ・アレンの台詞。コメディのこの手の台詞を前にすると、僕はどうしてもグラウチョ・マルクスを思い出さずにはいられない。アレンの台詞の多さ、その嵐のような絶対量と意味のなさも、僕には実にマルクス映画的だったし、女性に対し、ついつい舞台の口癖で「ウソでもはったりでもない」と言ってしまうのも最高に可笑しかった。
この映画には、中身がない。これは褒め言葉なのだが、特に、サンドラ(スカーレット・ヨハンソン)の危機一髪からラストに至るまでの「飛ぶ鳥後を濁さず」っぷりは見事としか言いようがない。
「言葉の壁もあるし、車は左車線走行(by スプレンディーニ)」かも知れないけれど、ウディ・アレンにはもうしばらくイギリスで映画を撮って欲しいな、と思う。
だって、最高だもの。

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いしだあゆみの魅力〜「女優・キャラクター」編

流行歌手であったいしだあゆみを、僕は好きだった。しかし、後に女優として認められて行く彼女を、僕は段々鬱陶しく思うようになった。痩せ方が病的に感じられたし、不幸にしか見えなかったからである(あるいは、本格的になっていく「アイドル」に対する変な失望や嫉妬もあったのかも知れない)。
判り易いというのか何というのか、歌手として次々にヒット曲を飛ばしていた時期と、その後数々の主演・助演女優賞を受賞するようになって行く時期とは、彼女の履歴の中で明確に分かたれている。
彼女自身がきっちりとスイッチを切り替えたのだろうが、これは相当に潔い。

さて、女優に専念した(専念して以降の)いしだあゆみを好きになれなかった僕だが、後年、対談番組のゲストや旅番組で普通にはしゃぐ彼女の様子を見て、その印象は再び変わることになる。
TV画面の中の「普段着」のいしだあゆみは、とにかく無邪気そうに見えた。目を輝かせてよくしゃべったし、よく笑った。顔はいつもより更にシワシワになったが、彼女はそんなことには一向にお構いなしなのであった(そのように、感じられた)。
特に、僕を再び彼女のファンにするきっかけとなったのは、山田まりやと一緒にヨーロッパを旅する特番で、同番組中、香水選びに興ずるいしだあゆみは、親子以上に年の離れた山田まりやよりもよっぽど可愛く見えたのであった(番組名は憶えていない)。

「姑獲鳥の夏」におけるいしだあゆみは、映画そのものよりも怖かったが、やり過ぎとも思える悲鳴を上げるシーンなど、後で自分で観てケラケラ笑っているのではないか、と今では思う。
正直に言えば、食わず嫌いならぬ観ず嫌いで、僕はいしだあゆみの出演した作品をそれほど小まめに観ているわけではなかった。今は、機会があれば、少なくとも彼女の代表作と言われている作品くらいは観たい(あるいは観直したい)、と思っている。
十代後半からの僕が見逃していた、女優いしだあゆみの魅力を、そこに発見出来るかも知れない。

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2008年02月10日

口紅の意味

「ラスト、コーション」について、気になっていることを追記。
マイ夫人がお茶等飲むシーンが何度かあって、その際決まってカップやグラスの縁に残された彼女の紅いルージュのあとがクローズ・アップされたのだが、あれにはいったいどういう意味があったのだろう、ということ。
僕にはそれが上手く納得出来なかった。何故なら、そのシーンは実のところあまり美しくはなく、どちらかというとちょっとグロテスクでさえあったからである。

気になったので、カップに残った自分の口紅あとをどうすべきなのか、どのように対処するのがマナーに適っているのか、ネットで調べてみた。様々な説があった。
カップに残った口紅はナプキンで拭う、という説があるかと思えば、ナプキンは食器を拭くものではないのでそれは駄目だ、という説がある。ではどうするのかというと、まず指でさり気なく口紅を拭った後、目立たないように(その指を)ナプキンで拭うのだそうである。かと思えば、食器が壊れては大変だから(!)、必要以上に触れるのさえマナー違反である、という意見もあり、そうなるとなるほど、映画のように「つけっぱなし」にならざるを得ないわけだ。
しかし、これら諸説ある中で唯一共通的に言われていることは、食事前にはあらかじめ口紅をおさえておくべきである、ということで、マナーというものがそもそも相手に不快感を与えないようにするにはどうすべきなのか、という思いやりの心から発したものだとすれば、あの口紅はやはり駄目なのだ、と思わざるを得ない。

では、何故「ラスト、コーション」では、カップの縁に残されたルージュがわざわざ印象に残るように大映しになったのか。
マナーを知らないマイ夫人の素性に対してイーは既にある想像をしていた(少なくともその機会はあった)、という可能性の示唆かも知れないし、その「下品さ」を含めて、戒められるべき一線を超える男女の危うさと現世的儚さを表すひとつの象徴であるのかも知れない。
いや、最初から僕とは感性が違うだけで、アン・リーをはじめとするスタッフやキャストが、そもそもあれを美しいと思って撮っていたのだとしたら、何もこんなに悩むことなどないのですけどね。
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いしだあゆみの魅力〜「歌手」編

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いしだあゆみの声は不思議な声である。
カサカサと風に吹かれてこすれる枯葉のようでもあるけれど、僕には、細い繊維を織り合わせて滑らかに仕上げられた絹のように感じられる。見た目と相俟って線の細いイメージがあるけれど、結構芯が強い。そして艶がある。

いしだあゆみの歌は、その節まわしにも独特の魅力がある。
彼女は、ビブラートをきかせて歌い上げたりはしない。いわゆる「上手い」歌手でもないだろう。しかし、実はものすごくテクニカルに歌を歌っている人なのではないか、と思う。
彼女の声の伸ばし方には大きく分けて3種類あって、ひとつは、ただ棒のように長く息を伸ばす歌い方。ふたつ目が言葉尻に甘えたように「ン」が入る歌い方。そして三つ目が、その節最後の音の頭もしくは長く伸ばした声の途切れる瞬間に「〜(ニョロ)」を入れる歌い方である。
そして、これら3種類の表現が何とも絶妙に組み合わされている。その効果までを考慮して、一小節一小節、スタッフによって(時には彼女を含めて)どの節まわしにすべきかが選択されているに違いない。
ためしに、彼女の大ヒット曲「ブルー・ライト・ヨコハマ」をそのように表記してみれば、「まちのあかりが とてもきれいね よこはまン ぶるーらいとよこはまー〜 あなたとー〜 ふたりー〜 しンあンわせよ〜ー〜♪(以下略)」となる。
僕は、この中で特に「〜(ニョロ)」が大好きである。癖になる、と言ってもいいくらいだ。

いしだあゆみは、絹の声と不思議な「〜(ニョロ)」を含む歌唱法で数々のヒット曲を世に送り出して来た。残念ながら、70年代の「砂漠のような東京で」以降は大きなヒット曲に恵まれていないし、もう本人にもあまりその気がないのかも知れないが、BSフジの音楽ドキュメンタリー「HIT SONG MAKERS 筒美京平編」において、「絵本の中で」を誰かと会話するかのように歌う彼女を見れば、まだまだ多くの魅力と可能性がそこには秘められているような気がするのだが、どうだろうか。

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2008年02月03日

映画覚書2008/02/03

昨日今日観た映画のことを書いておこう。

昨日は、妻と一緒に映画のハシゴ。
1本目はルミエールで「ラスト、コーション」。
妻が「ひとりでも観に行く」と言っていたので、もし面白かったら悔しいな、と思ってついて行った。
面白かった。思想や時代背景に関係なく、人間は愚かなものである、ということをきちんと受け止めた作品が好きなのだ。
イー(トニー・レオン)を殺す機会などいくらでもあっただろうに、と思えてしまうところが難点かも知れないが、2時間半を超える作品にずっとネットリと緊張感が持続しているということはやはり素晴らしいことだろうと思う。

2本目は、シネマパレで「転々」。
三浦友和はいいな。オダギリジョーもよかった。
花やしきのジェットコースターが見られて嬉しかった。武田百合子の文章が生々しく甦った。
安ホテルの一室で、ホッとしたオダギリジョーが三浦友和に擦り寄りながら発する妙ちくりんな声。化学調味料を使い出してからの方が日本人は寿命が延びてるんだ、という三浦友和の妙に説得力のある主張。ともに大笑い。
後半、小泉今日子が絡んで来てからテンポが少し変わったけれど、あれが必要だったんだってことも最後にちゃんと納得出来た。
しみじみと東京が好きになる映画でもある。

そして、今日観たのが「ナンバー23」。シネマパレにて、ひとりで。
「今宵、フィッツジェラルド劇場で」で、白いコートの女を演じていたヴァージニア・マドセンが、ジム・キャリーの妻アガサ役で出ていた。彼女は松雪泰子に似ていると思う。
何処が、と訊かれても困るけれど。

※あ、そういえば、今日は2月3日(23)じゃないか・・・。

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ラーメン談義

ラーメンの好みというのは、本当に人それぞれである。
あるラーメン屋に関して誰かが「美味い」と言うと、必ず「いやそうでもない」と反論する者がある。かと思うと、「あそこのはちょっと味が濃厚過ぎて」という意見には、きっと「あれが深みというものだよ」と返って来るのである。

僕は、美味し過ぎるラーメン屋が苦手である。食べた時は確かに「美味い!」と思うのだが、また行こうとは(滅多に)思わない。同様に豪華なラーメンも嫌いだが、こちらに至ってはそもそも食べようという気さえ起こらない。
反対に、あまり極端に美味し過ぎない、味もグレードもほどほどのラーメン屋には愛着がわく。買い物のついでにちょっと寄ってみようかな、と思う。この「ちょっと感」がいい。

僕がラーメンという食べ物に求めるのは、「豪華ではないが嬉しい感じ」である。言ってみれば貧相なごちそう。日常の中のささやかな「ハレ」とでも言おうか。
だから、よくテレビで、「ラーメンに命をかける男!」みたいな特番をやっているが、僕はあれをあまり好もしくは思っていない。
ささやかな「ハレ」にしては、立派過ぎて胃にもたれるという感じがするのである。

人は俄か評論家には結構厳しい目を向けるものだが、ことラーメン評論となると、規制が若干緩くなるようだ。自分もひと言言いたい、という下心があるせいかも知れない。

※無類のラーメン好き(ブースカが食べているようなタイプのラーメンが好ましいです)。
             ↓

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