2008年08月03日

さらばタリラリラン

赤塚不二夫は僕の憧れの人であった。
小学校三年の時引越しをしたが転校はせず、そのまま同じ小学校にバス通学し続けた僕には、いわゆる普通の意味における「近所の友達」はいなかった。僕は漫画が好きだったので貸し本屋に通った。あるいはまた時には自分で買った週刊誌や月刊誌を、誰もいないしんとした家で読んだ。
小学校高学年の頃から僕は漫画を描き始め、それが友達を作るきっかけにもなった。
他のいろんなことと同じように結局ものにはならなかったが、漫画はやはり僕にとって特別なものだった。
トキワ荘もなんも関係なく、僕はただ赤塚不二夫の漫画が好きだった。

中学生になった僕の2大アイドルは、沢村忠と赤塚不二夫であった。
部屋の壁に、アイドル歌手やロックスターの写真ではなく、ちょび髭を生やしたキックボクサーと片目をつぶったニャロメのポスターを貼っていた。
だから、女の人と一緒に全裸になっている赤塚不二夫をいきなり見せられた時には仰天した。ショックだった。夢が裏切られたと言ってもいいくらいだった。
だが、その夢とはいったい何だろう。
僕にとって赤塚不二夫は、やはりあくまで少年漫画の人であったのかも知れない。

赤塚不二夫を「ギャグの神様」と思ったことは一度もない。
そう呼ばれていたのか、と今回初めて知ったくらいだ。
赤塚不二夫は僕の憧れの人であった。
しかし、僕は、赤塚不二夫が「ギャグの神様」だったから憧れていたのではない。
本当に、ただ友達のように、その漫画が大好きだっただけなのである。

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泉 麻人

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ラベル:赤塚不二夫
posted by og5 at 19:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
子供のころのアルバムを開くとシェーのポーズを
とっている自分が何度も登場します。
TVの特番で居酒屋でおもちゃの鉄砲でうちあいをはじめ、店の人に外でやってくださいと懇願され、自宅で裸になって続きをやった、というエピソードがありました。
小さかった娘さんはこっそりそんな大人の姿をみていたそうです。
本気でバカをやれる数少ない人でしたね。

合掌・・・・
Posted by Fuming at 2008年08月04日 11:29
>Fuming

赤塚不二夫やタモリがやった「馬鹿」といえば、お尻に火のついたロウソクを突き立てて雪の中を全裸で転げまわったというのが有名ですよね。
あと、らばそのらっぱ氏から借りた朝日新聞のラララとゲゲゲとレレレの娘達の鼎談で、赤塚不二夫からホテルに誘われたことがある、と手塚治虫の娘が暴露していたのが最高に受けました。
オヤジ、何でもありだな。
Posted by og5 at 2008年08月04日 19:00
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