2008年09月11日

武富健治の「世界」について

掃除当番―武富健治作品集掃除当番―武富健治作品集
武富 健治

太田出版 2007-03
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武富健治の短篇集「掃除当番」を読んだ。
これは、「鈴木先生」によって「第11回文化庁メディア芸術祭優秀賞」を受賞した武富の、ほぼ10年くらい前の作品を中心に編まれた、言ってみれば「前夜的」作品集である。
表題作「掃除当番」は、「掃除当番をいつも真面目にやってしまう私」の小さな小さな、しかしまた同時に深い深い物語である。私・丸山康子と、サボりはしないが一所懸命でもない男子二人、そして必ずサボる他の同級生達と教師の正論との間に起こる葛藤が、康子の内面へ内面へと向かう独白によって語られて行く。

初めてこれを読んだ時、僕はすごくショックを受けた。ほんのちょっと右か左へ傾いたらエロ漫画かパロディーにでもなるしかない危ういバランスの上に立って、「純文学」が宮谷一彦の画によって表現されていたからである。
宮谷一彦だけではない。武富健治の作品の後ろには、例えば山田花子(「神の悪フザケ」)、あるいは「永沢君」を描いていた頃のさくらももこの影が、時に垣間見えるような気がする。武富健治の漫画には、何かそういう「古さ」があると思うのである。
もちろん、それは決して悪いことではない。

「掃除当番」があまりに面白かったので、僕はすぐさま本屋に走り、未読だった「鈴木先生」を買って来た。そして、夢中になって読んだ。そこには、まるでドストエフスキーの小説にでも出て来るような(単なる記号ではない)生身の人間がいた。
彼等は都合のよい記号ではないのでぶれる。そのブレが生々しい。「鈴木先生」の中の生徒達は勝手に動いている。もしかしたら武富健治は、登場人物をコントロールしようなどと思っていないのではないか、とさえ思わせる。僕が息をしているこの世界と地続きの何処かで、彼等もまた今確実に息をして生活しているのである。

「掃除当番」も「鈴木先生」も、その同じ「世界」の中にある。

鈴木先生 (1) (ACTION COMICS)鈴木先生 (1) (ACTION COMICS)
武富 健治

双葉社 2006-08-11
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posted by og5 at 19:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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