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僕は「幻の光」を好きではなかった。
もう10年以上も前の十文字映画祭で観た是枝裕和の初監督作品は、僕の気持ちを苛つかせるだけだった。
テーマがどうのテクニックがどうのといった問題ではない。僕には、是枝監督がわざとやっていたに違いない観客を拒絶する演出が堪えられなかったのである。
闇さえも、光を以って表わすのが映画なのだと僕は思う。そして、「ミツバチのささやき」におけるビクトル・エリセの映像が、そのことを雄弁に物語っている。
あそこには何と美しい光が満ち溢れていることか。そして、何と深い闇が密やかに、しかし豊かに横たわっていることか・・・。
しかし、「幻の光」には、決定的に光が足りなかった。「幻の光」の光は、ある意図を持って観客から遠ざけられていた。僕は、それを彼の驕りだと思った。
だが、「誰も知らない」には、「幻の光」のような青臭さは微塵もなかった。子供達を見つめる眼は決して情に流されず、まるで硬く尖った彫刻刀で彫り出されたオブジェのように観る者に真摯な問いを投げかける。
ある意味、「誰も知らない」は情を拒絶した作品だった。
そして、「花よりもなほ」には情が溢れていた。
青木宗左衛門(岡田准一)が如何にして「仇討ち」から逃げ出すかを描いた「花よりもなほ」は、生きようとする者を肯定する映画である。「仇討ち」は「しがらみ」であり「大義」だが、そんなものより生きることの方が大事なのだとこの映画は言う。
思えば、「誰も知らない」において大人はいつも無責任だったが、「花よりもなほ」における「逃避」はしっかりと誠実さに支えられている。
綺麗ごとだけでは済まない現実を知りながら、あえて「こういう道もありますよ」と言っているわけで、だからこそこの映画はしみじみと奥深い。
「誠実に逃げる」とは、実は狡猾だということでもある。
花は翌年もまた綺麗に咲くことを知っているからこそ潔く散るのであれば、自らを花になぞらえ(死んでしまったらもうお仕舞なのに)潔く散ろうなどとは愚の骨頂であろう。
「花よりもなほ」に続くひと言が何であるのかは明白である。
そして、ここで僕は、情に溢れた「花よりもなほ」と対比すべきは、情を拒絶した世界で生きている「誰も知らない」のあの子供達だったのだと初めて気付くのだ。




だって始終真っ暗なんだもの・・・
我慢して我慢して最後までみて、結局腹立たしかった記憶があります。
あ〜よかった。
「真っ暗」って思ってるのは自分だけの思い込みかもって気がしてたので・・・。
でも、「変態村」には腹立たないのよね。