2008年01月26日

僕らが見た光〜小沢健二のことなど

刹那刹那
小沢健二

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小沢健二は今頃何処で何をしているのだろう、とふと思うことがある。
そういう時は、たいてい彼のある曲(のひとつ)を思い出し心の中で口ずさんだ後であり、その曲は時に「恋しくて」だったり、あるいはまた「いちょう並木のセレナーデ」だったりする。
小沢健二が何処で何をしていようと、僕には全く関係のないことではあるのだけれど、僕は時々彼のことを、何の前触れもなく、このようにして思い出す。

一瞬にして消えてしまう、「永遠」ではないが美しいもの。
小沢健二の曲を聴いて(想い出して)僕が泣きたくなるのは、その無常観があまりにも切な過ぎるからだが、その歌詞は決して押付けがましくはない。むしろ「ポカン」としている。
だが、たとえば、「恋しくて」に出て来る「二人でよく見た映画はなぜだか ”シリアル・ママ”とか”蛇拳”とか」だの、「ブドウを食べたり ”キムチラーメン”を探して夜遅く出かけた」という歌詞が、「そんなことの全て 僕らが見た光 眩しすぎて生々しくて痛むよ とりあえず」に引き継がれる時、僕の胸はただただ狂おしくさざ波立つのである。

ところで、僕は今、「デス・プルーフ」前半の切なさと、小沢健二の歌の切なさを、とても近しいものだと感じ始めている。そして、それはまた、ジャック・ケッチャムの一連の小説にもつながるものなのではないか、と思う。
クエンティン・タランティーノとオザケンと陰惨極まりない(と世間では思われている)作家が、いったいどうして結び付くのか。
それは、少なくとも、何処にだって同質なある「美」というものが存在可能である、ということの証明ではあるかも知れない。

僕が今一番観たい映画は「シリアル・ママ」である。しかし、この傑作は日本では何故か今まで一度もDVD化されたことがないはずだ。
テレビの洋画劇場で観て頭がグラグラした記憶を辿りながら、僕は今小沢健二の「LIFE」を聴いている。

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posted by og5 at 16:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
昔、オザケンが深津絵里とつきあっていた時、
「僕のかわいいバンビちゃん!!」ってよんでたなぁ〜。
カラオケで歌いたくなっちゃった。
オザケンとデスプルーフね・・・・

P.S
ナオミ・ワッツとレアルマドリッドのグディはそっくりです。
Posted by Fuming at 2008年01月26日 16:27
>Fuming

渡辺満理奈じゃなかったっけ?
とインターネットで調べてみたら、やはりFumingのいうように深津絵里が正解らしい。
でも、「バンビちゃん」じゃなくって「仔猫ちゃん」って呼んでたようですよ(雑誌「オリーブ」の連載の中にて)。
カラオケ、イイッスねえ。
「ラヴリー」とかはキーが高くて無理だけど、「恋しくて」ならどうにかなります。

「●穂ランド・ドライブ」観たい!
でも、昨日のサッカー非常につまんなくなかった?
Posted by og5 at 2008年01月27日 12:17
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