2008年06月08日

多分みんな興奮し過ぎ〜「アイム・ノット・ゼア」

アイム・ノット・ゼアアイム・ノット・ゼア
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トッド・ヘインズ監督作品「アイム・ノット・ゼア」にがっかりした。
実は、この映画にはかなり期待していたのである。予告編もカッコよかったし、何よりケイト・ブランシェットのディラン振りを観るのがすごく楽しみだった(実際はディランではなく、「ジュード・クイン」というディランに似せた架空のパーソナリティを更にケイト・ブランシェットが演じるという重層的仕組みになっている。因みに、ケイト・ブランシェットはアル・パッチーノ主演の「ベニスの商人」でも男装して法博士になりすますポーシャという役柄を演じるはずだったが、妊娠のためそれをリン・コリンズに譲ったとのこと。ここも何だかすごく重層的)。

さて、僕は何故「アイム・ノット・ゼア」に失望したのか。それは、この映画に、トッド・ヘインズ監督が冒頭記している「ボブ・ディランの多様な人生と音楽にインスパイアされて」織り成されたはずの真摯な何物かを何一つ感じ取ることが出来なかったからである。
もちろん、僕の感性が鈍いと言われればそれまでのことだ。だが、ニューズ・ウィーク誌が「ボブ・ディランの素晴らしい全キャリアに匹敵する傑作」とまで高く評価する作品に、観る者が「ノー・ディレクション・ホーム」以上の何物かを求めるのは当然のことであろう。
第三者の評価の責任を作り手に求めるのは筋違いであることもまた承知の上だが、しかし、僕には、これが本当に6人の役者を使ってそれぞれ異なる「ディラン」を演じさせてまでわざわざ織らなければならなかったタペストリーだったのか、という疑問が消し難く強く残っているのである。

僕はかつて本ブログに「『マリー・アントワネット』は長過ぎるPVである」と書いた。
妻は僕に本作品もまた「長過ぎるPV」だったのかと訊ねたが、なるほど「アイム・ノット・ゼア」は「ケイト・ブランシェットの新曲『やせっぽちのバラッド』のPV」だということも(文字通り)可能かも知れず、だとすればヒース・レジャーとシャルロット・ゲーンズブールの安臭いメロドラマにもある意味納得がいくのである。
「アイム・ノット・ゼア」は結局「とらえどころのない映画」というもの以上でも以下でもなかった。みんな興奮し過ぎているのではないか。
「アイデン&ティティ」の方が僕にとって断然「真実」である。
posted by og5 at 19:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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