2005年05月17日

Both Sides Now

B00005HGSH青春の光と影

ジョニ・ミッチェル

ワーナーミュージック・ジャパン 1998-05-25
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ジョニ・ミッチェルは、1969年に発表された彼女の2枚目のアルバムに収められている「Both Sides Now」の中で、過ぎゆく時とともに移り変わる人の心について歌った。
もう子供ではなくなりただ無邪気なだけではいられなくなってしまったことを知り、傷つけ傷つけられることで愛の意味を考えるようになり、そして人は誰もが同じようにそうして変わっていくが、その変わり方は一人ひとりそれぞれに全く違うのだということを知る。
単純でシンプルなこの曲に触れるたびに僕が胸をえぐられるような感覚に襲われるのは、この曲がまさしく人生というものの真実を歌っているからに違いない。
この曲の邦題は「青春の光と影」という。

僕は15日の日曜日、大阪フェスティバルホールで行われたカエターノ・ヴェローゾのコンサートに行って来た。
素晴らしいコンサートだった。
そして僕は、多くのブラジル音楽を耳にする時に感じる「ある感覚」に改めて思いを馳せた。
それは、「人生の光と影」とでも言うべき特別な感覚である。
カエターノ・ヴェローゾという人は、ボサノヴァやサンバだけに拘ることをせず、彼が尊敬するミュージシャンの曲であれば何でも貪欲に取り入れる人である。今回も、彼は他の多くの作曲家達の曲を歌った。そして、僕はそれらの曲にも全て同じように「人生の光と影」を感じた。

それは何もブラジル音楽特有のものではないのかも知れない。しかし、僕はそれをブラジル音楽を聴いた時に特に強く感じるのである。
例えば、歩き疲れて立ち寄った街中のカフェで流れている、曲名も演奏者も定かではないボサノヴァにも僕はそれを感じる。明るい曲調の中に哀愁が漂い、悲しいメロディの奥底に、それでも生きていることの幸せがしみじみと流れている。

大人になることは、10代の中頃に考えていたよりもずっと素晴らしいことだった。
悲しいことや辛いことも多かったけれど、それと同じだけの楽しいことや嬉しいことがあった。
ただ、それを青春のただ中にいる時は感じることができなかった。
青春に光と影があることは判ったけれど、だからこそ人生は素晴らしいとまではとても考えられなかったのだ。
人間は、多分そのようにできている。

10代の僕は20歳になるのが厭だった。20代の、そして30代の僕は、次の10年間を新たに迎えることをとても重荷に感じていた。
だが、40代後半の僕は、今、早く50代の自分を見てみたいと思っている。
僕は多分、いやきっと、人間的にどう成熟してきたのかというようなこととは全く別次元で、ものすごく幸せなのだと思う。

「青春の光と影」を「青春の喜びと悲しみ」、あるいは「青春の幸せと不幸せ」に置き換えることはできない。
光の中にも悲しみや不幸があり、そして影の中にもまた喜びと幸福が存在するからだ。
カエターノ・ヴェローゾの音楽のように。
B0000W3OMEアントロジア~オールタイム・ベスト
カエターノ・ヴェローゾ

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posted by og5 at 18:51| 秋田 ☁| Comment(4) | TrackBack(2) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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