2008年06月15日

世界のナベアツは何故面白いか

世界のナベアツが好きである。というか、例の「3の倍数〜」が大好きだ。

ところが、彼を全く面白いと思わない人達も世間には結構多く存在していて、僕はそういう人達の彼に対するかなり辛辣な批評を、インターネットの掲示板やブログで頻繁に目にしている。
彼等の意見の中で最も多いのが、多分「意味がない」である。わざわざ「多分」と書くのは、もちろん僕がそれら批評を全て見ているわけではないことと、実際に読んだものについてもあくまでも僕の受け取り方によるバイアスがかかっている可能性があるからであるが、概ね間違ってはいないだろうと思う。
そして、確かに世界のナベアツには意味がないのだ。

世界のナベアツには意味がない。だが、僕が彼のネタを大好きだと思うのも、正にその同じ理由による。「3の倍数と3がつく数字だけアホになる」ことの何と潔く無意味であることか。「馬鹿」ではなく「アホ」なのもいい。
そして、このネタ最大の醍醐味が「30」以降のアホ連発にあるのは言うまでもない。当初、やがてやって来る「30」台に気付かず、ただ時々のアホに笑い、ネタの推移を見守っていた僕は、「29」あたりでそのことに思い至り、思いっきり感動したのである。
実はここには数字による壮大な物語がある。数字とアホのコラボレーションである。

意味とは何か。日常との結び付きか。情緒か。「そんなことってあるよねぇ」的「意味」の氾濫に食傷気味の僕は、世界のナベアツの「無意味さ」にむしろ清清しさすら覚える。
だから「5の倍数」や「8の倍数」を追加した進化バージョンよりも、オリジナルのシンプルな「無意味」が一番好きなのである。
また、彼を真似てアホになっている人をたまに見かけるが、これは部分だけやっても駄目なのであり、最も重要な「物語」の欠如した「オモロ」は、当然ながらちっともオモロくないのであった。

※それにしても少々悪乗りし過ぎ。
       ↓
世界のナベアツ写真集『3の倍数と3がつくページだけアホになります』世界のナベアツ写真集『3の倍数と3がつくページだけアホになります』
世界のナベアツ

ワニブックス 2008-06-13
売り上げランキング : 358

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
posted by og5 at 11:46| Comment(0) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月08日

アンバランスな救急車が来るよ〜鳥居みゆきの怖さ

鳥居みゆき ハッピーマンデー鳥居みゆき ハッピーマンデー
鳥居みゆき

Victor Entertainment,Inc.(V)(D) 2008-04-23
売り上げランキング : 37

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

鳥居みゆきをテレビで観るのは怖い。だが、それは、突然何かまずいことを言い出すのではないか、というような怖さではない。鳥居みゆきの存在そのもの、鳥居みゆきがテレビに映っているというそのこと自体が怖いのだ。
テレビで観る鳥居みゆきは不穏である。思わず目を逸らしたくなる。だが、その時、僕の中には、同時に、鳥居みゆきをしっかりと観ていたい、という相反する気持ちも確かに存在している。

鳥居みゆきが演じているのは明らかに「狂女」である。
「狂女」に魅力を感じるのは異常なことか。
しかし、ある番組にて、何も書かれていない真っ白な画用紙で繰り広げられる彼女の紙芝居を観た時に、僕は本当に驚いたのだ。いや、「マサコ」にも充分驚いてはいたのだが、それはまだ「不気味」で済ませられる範疇のものであった。だが、あの紙芝居には、何というのか、目の前が急に明るくなるような、強烈なワクワク感があったのである。

鳥居みゆきが、興奮のため我を忘れてあらぬ事を口走ったり、サービス精神の高揚に突き動かされて何事かを仕出かしてしまう、などということはおそらくない。そういう意味では彼女はとても安定しているのだが、しかし、アンバランスに安定した彼女の存在そのものが僕の「日常」を強く揺さぶり不安定にする。
そして、「こんなものをテレビに映すべきではない」という矛盾した気持ちを同時に抱えながらも、その不安定を、僕は今どうやら、いわゆる「お笑い」ではない魅力的なものとしてとらえ始めているらしいのだ。

アンバランスな救急車が来るよ
「ピーポーピーポー」と
人々に警告を発しながら

※「お笑い芸人歌のうまい王座決定戦」で中島みゆきの「銀の龍の背に乗って」を歌う鳥居みゆきは、非常にエモーショナルであった。僕は、あれを実にパンク的なパフォーマンスだと思った。
ラベル:鳥居みゆき
posted by og5 at 18:59| Comment(11) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月17日

吉田照美の相槌

たまに朝のABSラジオで「吉田照美ソコダイジナトコ」を聞くことがある。妻を勤務先まで送る時、この番組がちょうどカーラジオから流れて来る時間帯なのである。元々は文化放送の番組で、ニュースの後、事件や政治情勢を語るゲストに吉田照美が絡むという構成である。

さて、この番組における吉田照美は、とにかくうるさい。この人のラジオ番組を他には聴いたことがないのでいつもこうなのかどうかは判らないのだけれど、少なくとも「吉田照美ソコダイジナトコ」における吉田照美は、おかしいくらい落ち着きがなく、ちょっとじっとしていろと言いたくなるくらい浮ついている。特に、その相槌のやかましさがただ事ではない。

そもそも、相槌というのは、相手の話の先を促したり、私はちゃんと聴いていますよという意思表示の表明だったりするわけである。つまり、話し手が話し易いように、との気配り、潤滑油だ。
しかし、吉田照美の相槌は違う。まるで、あえて邪魔をしているかのようでさえある。変な例えであるが、何かラップ合戦を聴いているような、あるいは、昭和のいる・こいるの漫才を聴いているような、そんな錯覚にさえ陥るのである。

ゲストも何だか話し辛そうである。そして、そんな吉田照美の相槌は、たいていはゲストに無視されている(ような気がする)。

好感度二重丸 自己紹介―1分であなたを最大限にアピール!好感度二重丸 自己紹介―1分であなたを最大限にアピール!
吉田 照美

大泉書店 1999-04
売り上げランキング : 373105

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
ラベル:吉田照美
posted by og5 at 21:38| Comment(0) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月13日

気になる席

「笑点」で、冒頭司会の桂歌丸が挨拶をする。
それは観客席のど真ん中で、歌丸の前後左右には、一般のばあさんじいさんおばちゃんおっちゃんねえちゃんあんちゃん時たまこどもが、素人の顔をしてぎこちなく(でも何となく若干晴れやかに)テレビカメラのこちら側(お茶の間)を見ていたりするわけである。
僕の今一番気になっていることは、歌丸が座っているあのシートは、番組が始まってからいったいどうなるのだろう、ということである。
歌丸が楽屋に移ってからはそのまんま空席になってしまうのか。
それとも、元々あそこには誰かが座っていたのであり、番組の最初だけその席を司会者に譲っているだけなのか。
とすれば、演芸が始まる頃には、「どうも済みません、どうも済みません」といった純日本的光景があそこら辺で展開されるということになるわけであるが・・・。

「あれ」はいつから始まったのであろう。
円楽時代には、確かにこのスタイルだった。一般人とは明らかに異なる顔の大きさが、否が応でも「芸人」を感じさせずにはおかなかった。
観客席に円楽は似合わなかったと僕は思うが、歌丸は結構似合っている。
本人も何となく嬉しそうである。
posted by og5 at 19:59| Comment(0) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月08日

気になるCM

地方のCMは息が長い。もちろん僕は秋田のことしか知らないわけだが、平気で10年以上同じものを流し続けていたりする。
たとえば、さすがに最近は観た記憶がないのだが、ある酒のCM。家族揃ってピクニック。もう70歳は越えているであろう老人(祖父)が、由井正雪を演じた時の成田三樹夫みたいな長髪を風になびかせて遠くを見ている(ちょっと寂しそう)。
また別の日本酒のCMでは、能面を作る職人さん(この人もかなりの老人)がノミをふるう瞬間が映し出され、「この酒で百歳まで」という秋田ではかなり有名なキャッチ・コピーがかぶさる。
失礼ながらこのお二人はまだご存命なのか、などと余計な心配をしてしまうくらいどちらも長年にわたって放映され続けていた。

最近では(といっても、これももう最初にオン・エアされてから相当な年数が経過していると思うのだが)、エフエム秋田のCMが静かに記録更新中である。
「なりきりB・BOY/19歳」、「笑いすぎOL/26歳」、「鼻歌まじりお嬢様/21歳」、「うなずき会社員/32歳」、とそれぞれ四者四様でラジオを聴く若者が映し出され、最後にかなり投げやりなナレーションが「気になるなら聴いてみな」と言い放つ(記憶違いもあるかも知れないが、大体こんな感じ)。これなど、年齢が明記されている分、違和感が強い。
彼等はいったい今何歳なのか。今でもなりきっていたり笑いすぎていたり鼻歌まじりだったりうなずいていたりするのか。はっきりいって、ラジオ番組の中身より、こっちの方がよっぽど気になるのである。

と、ここまで書いて来て、エフエム秋田の件のCMを今年度になってからまだ観ていないということに気がついた。そもそも毎日放映しているCMではなかったので、たまたま見逃しているだけかも知れないが、もしやなりきりB・BOYの身に何かあったのではないか、とこれまたひどく気になってしょうがない。
posted by og5 at 18:19| Comment(0) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月23日

良いチャップリン、悪いチャップリン

「パレット(PALETTE)」はスズキ自動車の軽ワゴン車である。
「上げました。下げました。できました。広さ大成功!」がキャッチコピーで、要するに、車内の屋根を高くし、同時にまた床を低くしたことによって軽なのに大変に広くなった、と言いたいわけである。
TVコマーシャルにおいても、当然その「売り」が表現される。
真っ白い画面の向こうからヒョコヒョコと歩いて来た「チャップリンもどき」が帽子を軽く持ち上げて挨拶する。次いで、見えない座席に腰掛けた状態で見えない屋根を持ち上げ、見えない床を押し下げる。見えない広いシートで両手両足を広げてゆったりとくつろぐ「チャップリンもどき」。
「大成功!」である。

しかし、僕はこのコマーシャルがちょっと苦手なのだ。

チャップリンという人は、欧米人にしてはひどく頭でっかちで短足だった。
普通に考えれば、全然カッコよくない。カッコ悪い。見境なくすぐに誰かを好きになってはにかむ図など、むしろ「気持ち悪い」に近い。
しかし、その彼が白塗りであることで、多分全ての(「気持ち悪さ」を含む)欠点が戯画化作用を受け、許容すべき「弱さ」に変化した。そして、実際に許容されたばかりか、更に一歩進んで愛されもしたのである。
しかし、では、スタイルのいい欧米人が白塗りをしたらどうなるのか。
実は、ここで逆転が起こる。実際には気持ち悪くもなく、もしかしたらカッコいいかも知れない「白人、男」の白塗りは、(彼がそうしていながらおどけている場合は特に)「怖さ」に結び付いてしまうのだ。

僕が「パレット」のCMに感じる不快は、まさしくそんな「怖さ」である。
そして、その嫌なパルスの発生源は、「チャップリンもどき」の(白塗りにしては長過ぎる彼の脚に特に顕著な)スタイルの良さなのである。

※「良いチャップリン」のシルエット。
        ↓
CHARLES CHAPLIN COMEDY FILMS-SPECIAL BOX-CHARLES CHAPLIN COMEDY FILMS-SPECIAL BOX-
チャールズ・チャップリン

ドリームエッグス 2004-05-28
売り上げランキング : 20973

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
posted by og5 at 15:45| Comment(0) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月11日

いしだあゆみの魅力〜「女優・キャラクター」編

流行歌手であったいしだあゆみを、僕は好きだった。しかし、後に女優として認められて行く彼女を、僕は段々鬱陶しく思うようになった。痩せ方が病的に感じられたし、不幸にしか見えなかったからである(あるいは、本格的になっていく「アイドル」に対する変な失望や嫉妬もあったのかも知れない)。
判り易いというのか何というのか、歌手として次々にヒット曲を飛ばしていた時期と、その後数々の主演・助演女優賞を受賞するようになって行く時期とは、彼女の履歴の中で明確に分かたれている。
彼女自身がきっちりとスイッチを切り替えたのだろうが、これは相当に潔い。

さて、女優に専念した(専念して以降の)いしだあゆみを好きになれなかった僕だが、後年、対談番組のゲストや旅番組で普通にはしゃぐ彼女の様子を見て、その印象は再び変わることになる。
TV画面の中の「普段着」のいしだあゆみは、とにかく無邪気そうに見えた。目を輝かせてよくしゃべったし、よく笑った。顔はいつもより更にシワシワになったが、彼女はそんなことには一向にお構いなしなのであった(そのように、感じられた)。
特に、僕を再び彼女のファンにするきっかけとなったのは、山田まりやと一緒にヨーロッパを旅する特番で、同番組中、香水選びに興ずるいしだあゆみは、親子以上に年の離れた山田まりやよりもよっぽど可愛く見えたのであった(番組名は憶えていない)。

「姑獲鳥の夏」におけるいしだあゆみは、映画そのものよりも怖かったが、やり過ぎとも思える悲鳴を上げるシーンなど、後で自分で観てケラケラ笑っているのではないか、と今では思う。
正直に言えば、食わず嫌いならぬ観ず嫌いで、僕はいしだあゆみの出演した作品をそれほど小まめに観ているわけではなかった。今は、機会があれば、少なくとも彼女の代表作と言われている作品くらいは観たい(あるいは観直したい)、と思っている。
十代後半からの僕が見逃していた、女優いしだあゆみの魅力を、そこに発見出来るかも知れない。

阿修羅のごとく-全集-阿修羅のごとく-全集-
八千草薫 いしだあゆみ 加藤治子

ジェネオン エンタテインメント 2003-10-24
売り上げランキング : 11391

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
posted by og5 at 13:07| Comment(3) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月13日

清水ミチコの顔〜待合室にて

清水ミチコの「これ誰っ!?」 (宝島社文庫)清水ミチコの「これ誰っ!?」 (宝島社文庫)
清水 ミチコ

宝島社 2005-04
売り上げランキング : 75517

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

アレルギーの薬を貰いに近所の医院まで行ったら、予想外に混雑していた。近くに住むじいさんばあさんこどもやそのははおや達で待合室のソファはほとんど埋まっている。僕は、かろうじて空いていた、テレビのまん前にある一番端っこの席に腰を下ろした。
テレビでは朝の情報番組をやっていた。高樹沙耶を真ん中にして、左右にテレビ局のアナウンサーと思しき男女が座っている。そして、その右端に、ゲストなのか、毎回出演しているのか、それは判らないけれど、清水ミチコがいた。

清水ミチコは好きである。モノマネも他の人とはひと味もふた味も違うし、様々なジャンルの有名人に扮した「清水ミチコの顔マネ塾」にも大いに笑わせられた。
今この人の真似をすればウケル、とか、この人の声は自分と同質だから、などという理由とは全く関係のないところで、清水ミチコのモノマネは成立しているような気がする。真似る相手に対する愛情が感じられる、と言ったら大袈裟か。
ある意味、関根勤の在りように似ているのかも知れない。

さて、いつ果てるともなく診察室に入っては出て来るじいさんばあさんこどもやそのははおや達をちょっとうんざりしながら見るとはなしに見つつ順番を待っている僕の目の前のテレビ画面に映る清水ミチコの顔である。
僕は、それを、何かに似ている、と思った。正面を向いているのに横顔に見える。あるいは、横を向いているのに反対側の顔も同時に見えている、ような感覚。
その「何か」とは、キュビズムの頃のパブロ・ピカソの絵であった。

そういえば、「清水ミチコの顔マネ塾」にピカソの絵を真似たシリーズはなかっただろうか。
それでこんなことを考えたのかな、でも今はただ普通にテレビに映ってるだけなのにどうしてかな、などと思っていると、「○○さん」と名前を呼ばれた。

西洋絵画の巨匠 ピカソ西洋絵画の巨匠 ピカソ
関 直子

小学館 2006-08
売り上げランキング : 19056

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
ラベル:清水ミチコ
posted by og5 at 15:19| Comment(0) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月04日

イメージ図

いつからだろうか、テレビCMの画面に、「イメージ図」という断りのコメント文字が入るようになった。
例えば、若い主婦が、最近腸の具合が悪い、としかめっ面をしてタレントに訴えかけている。次いで、画面には、小学校の理科の時間に習ったような人体図が出て来て、すぐに腸の部分だけがクローズアップされる。すると、大腸が、まるで空気入れで空気を送り込んだかのようにプクッと膨らんだり、また縮んだりして、最終的には赤く腫れ上がって危険信号を発し始める。そんな時に、この「イメージ図」という文字が現れるわけである。

これは、いったい何のための注意喚起なのか。あれを、実際の人体の映像だなんていったい誰が思うというのか。どう考えても「イメージ図」である。それ以外の何物でもない。つまり、余計なお世話なのである。
腸が赤く膨らんだり、イガイガ虫が掃除機に吸われるのを必死になってこらえたり、毛根が急に元気になったり、温湿布からオレンジ色の効能がジワジワと発生したり、その度に「イメージ図」が現れる。しかし、考えてみれば、普通の主婦がタレントに身体の不調を訴える、というシチュエーションの方が、よっぽどあり得ないことなのではないだろうか。

今、ある「お通じ」関係の宣伝に吉永小百合が出ているが、本物の人間だという感じがあまりしない。まるで3Dで作ったみたいだ。
ここにこそ、「イメージ図」と入れて欲しい、と僕は思う(いい意味で)。
posted by og5 at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月08日

秋の(どうでもいい)徒然

行列のできる法律相談所」の北村弁護士が金正日に似ているとか、谷亮子の笑顔の何処かに福山雅治と同じテイストが隠されているとか、あるCMの山口智子がTEKE2の深沢邦之に見えてしょうがないとか、いろいろと気になることの多い昨今ではあるが、今一番気になるのは、森泉は何かが外れている、ということである。
何が外れているのかは判らない。が、(物理的に)絶対何かが外れている(きっぱり)。

(現役の相撲取りだったら、腰の重いのは長所なのだろうけれど)相撲協会がやっと重い腰を上げて時津風親方に処分を下した。しかし、事実関係がまだ充分明確になっているとは言い難い現時点での「解雇」という処分は妥当なのだろうか。
その朝のワイドショーで、今までの経緯を伝える女性レポーターが、「時津風親方」を思わず間違えて「時津風親分」と呼んでしまうのを聞いた。僕は、笑うに笑えず困ってしまった。

sugi.gif「ニュースで「秋田わか杉国体」の競技模様を見た。何だか知らないが秋田勢がやたらと優勝したり2位3位に入ったりしている。
これは異常なことではないのだろうか。
地元開催は有利、という話は聞いたことがある。例えば、移動がないとか、勝手知ったる会場で試合が行われるとか、応援が多いとか。しかし、それだけでこんなに成績がよくなるものだろうか(考え杉?)。

新作映画の舞台挨拶における不貞腐れたような態度が元で、沢尻エリカが槍玉に上がっているという。その後謝罪インタビューで号泣したとか、和田アキ子が「コンドシメル」と発言したとか、しばらく謹慎するのではないかとか、いろいろ情報が飛び交っているようだが、僕は一切直接には見聞きしていない。
公の電波で中途半端な「ワル」を見るのが嫌だからだ。

春と秋には必ずテレビの編成替えがあり、しばらくは特番の嵐が吹き荒れるわけだが、これはいったいいつからの慣わしなのだろうか。
面白い時は面白いが、つまらない時はとことんつまらない。
困るのは、面白い時でも、長過ぎて途中でうんざりしてしまうことである。
posted by og5 at 19:47| Comment(3) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月05日

プチ・気になるアクション

水曜日、「はねるのとびら」の特番を観たくなかったのでチャンネルを替えたら「クイズ タイムショック」をやっていた。実はこれも特別番組で、「タイムショック最強クイズマスター決定戦」というのが正式なタイトル。司会は中山秀征と新山千春であった。
そういえば、この二人が司会をしているレギュラーの放送も、僕は何度か観たことがあった(確か鹿賀丈史と一緒に出ていたのではないか)。
結局、敗者復活戦から決勝に進んだ松尾貴志が「最強クイズマスター」となったのだが、そんなこととは関係なく、この番組を観ながら、僕は実に久し振りの懐かしい居心地の悪さを感じていた。そしてそれは、中山秀征と新山千春のあるアクション、いや、厳密に言えば新山千春のあるアクションに起因する。

司会者用演台の向かって右側に中山、左側に新山が立っている。ゲストが解答席(正解数が少ないとぐるぐる廻るアレ)に括りつけられ、さあいよいよクイズが始まるという時に、二人は揃って「クイズ タ〜イム ショック!」とポーズを決める。「タ〜イム」と言いながら、右手に左手を重ねた彼等二人の身体はぐうっと後方に引かれ、左半身になって、次の「ショック!」で一気に解き放たれる。それは、まるで一世一代のジャンケンのようでもある。
この時、中山秀征は(当然ながら)大きく後ろに引かれていた右手を、勢いよく前方に突き出す。しかし、新山千春が前方に突き出すのは、何故か後ろに引かれた右手ではなく、カメラにより近い左手の方なのである。

これは、彼等二人が進行役のレギュラー版「タイムショック」が毎週放映されていた頃からずっと継続されているアクションであるはずだ。それで僕は思わず「懐かしい」と言ってしまったわけである。
しかし、僕にはこれが気持ち悪くてしょうがない。ジャンケンで「ズル」(というか悪ふざけ)をされてるようなムズムズした気分になる。
決めのポーズを(鏡に映したように)左右対称にしなくてはならない絶対的制約でもあるのか。でも、だったら「タ〜イム」の時、新山に最初から右半身になるよう指示すればいいだけのことではないのか。

本当にどうでもいい話なのだが、気になるし、また不可解でしょうがないのである(あくまでも「プチ」だけど)。
posted by og5 at 16:32| Comment(0) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月27日

さかなクン、戦わずして勝利す

おさかな新発見!おしえてさかなクンおさかな新発見!おしえてさかなクン
さかなクン

PHP研究所 2004-07
売り上げランキング : 52948

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

「徹子の部屋」にさかなクンが出ているのを観た。僕が観た時にはもう番組は終わりに差し掛かっていて、二人の会話の内容すらよく把握出来なかったのだが、あの黒柳徹子がどうしてよいか判らずおろおろしているのだけは感じられた。
そもそも黒柳徹子はインタビューする相手に興味などない。ほとんどいつだってそうだ。
興味がないのだから、相手がどんなことをする人間だろうが、どんな考えを持った人間だろうが彼女には何の関係もないわけで、だから対談はかなりの頻度で不思議な一方通行に終わる。
多くの場合、ゲストは「徹子の部屋」という現象の周りをただグルグルと回っているに過ぎないのだ。

しかし、さかなクンは違った。彼は決して「徹子の部屋」の入り口を探しあぐねて逡巡する旅人ではなかった。
彼もまた「さかなクン」という現象であり、テレビ画面にはその時、「徹子の部屋」という現象と「さかなクン」という現象が向かい合って座っていたのである。
今までそんな相手にあまり会うことがなかったから、黒柳徹子はちょっと焦ったのだろう。「徹子の部屋」の秘密のドアの隙間から、黒柳徹子が不安げに顔をのぞかせて、「さかなクン」という現象を見ていた。
「さかなクン」という現象はゆるぎもしなかった。彼は、見事なまでにいつもの「さかなクン」だった。

おそるべし、さかなクン。
「踊る!さんま御殿」で初めて見て以来ずっと「嫌だな」と思っていたはずのさかなクンに、僕はいつの間にやら少なからぬ好感を抱いているのであった。

パンダのちえパンダのちえ
レイ・G. ストローベル 古草 秀子 Ray G. Strobel

早川書房 2005-11
売り上げランキング : 185467

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
posted by og5 at 20:57| Comment(1) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月08日

アンジェラ・秋子

AU(LISMO)のTVコマーシャルで、まっちゃん(松本人志)の母親がえらいノリノリで歌を歌ってるな、と思ったら、アンジェラ・アキだった。
posted by og5 at 18:38| Comment(3) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月03日

歌謡曲の作詞家、死す

作詞家の阿久悠が、1日、がんのため亡くなった。
そのため、昨日の朝のワイドショーでは、ピンク・レディーのメドレーや都はるみの「北の宿から」などをずっと流し続けており、ゲスト出演した元ピンク・レディーの未唯mie(これでミーと読むのだろうか)が思い出話を語ったりしていた。
僕は、まず新聞で、このことを知った。朝の慌ただしい時間ではあったが、隣の居間から聞こえて来るヒット曲の数々を半ば一緒に口ずさみながら、生前彼と親交のあった人々の追悼の言葉を読んだ(だから、最初は何故今ピンク・レディーなのか全く理解していなかった)。

その産経新聞の記事の中で、映画監督の篠田正浩がこう述べている。
「阿久さんの詞は、現代詩と変わらないみずみずしさを持っています。数々の作品は戦後日本の再生の象徴。言葉が聞こえる歌詞を書いた最後の人だった」・・・。
しかし、僕にとって、阿久悠はあくまでも歌謡曲の作詞家であり、またそのことこそが僕が彼を尊敬する一番の理由でもあった。
もちろん、篠田監督と親交を深めるきっかけとなった「瀬戸内少年野球団」を持ち出すまでもなく、小説家あるいは毅然としたエッセイストとしても活躍していたことは充分に承知している。
しかし。

例えば、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」。あるいは山本リンダの「どうにもとまらない」。この曲達のイントロとメロディと歌(歌詞)が始まる時のあの感じ。知らない人には上手く伝わらないだろうことが悔しくてしょうがないけれど、僕はこの(歌詞と曲とアレンジとそして歌い手とが一体となった)奇跡的な瞬間を生み出した彼の歌謡曲の作詞家としてのセンスに驚くのである。
また、「津軽海峡・冬景色」の、歌い出し部分の畳み掛けるように連なる言葉達の「これでなくてはならない」という感じ、他に置き換えようがない「ヒット曲」としての歌詞にしびれるのである。
ここでは、何か化学反応のようなものが起こっている。

歌謡曲の歌詞は、「しょせん歌謡曲の歌詞じゃないか」と揶揄される存在であってもよいのだ、と思う。だが、時に「化学反応」が起こる。そして、阿久悠の書く歌詞においては、その確率がものすごく高かった。
それは、決して偶然ではない。
こんなことはきっと誰かが既に何処かで論じていることであろう。
しかし、それでも僕は自分自身のつたない言葉で確認してみたかったのだ。
阿久悠は優れた歌謡曲の作詞家であった。そして、それは素晴らしいことである、と。

ご冥福をお祈りします。

ゴールデン☆ベストゴールデン☆ベスト
尾崎紀世彦 阿久悠 筒美京平

ユニバーサルインターナショナル 2003-11-26
売り上げランキング : 1879

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

津軽海峡冬景色/能登半島津軽海峡冬景色/能登半島
石川さゆり 阿久悠 今泉敏郎

テイチクエンタテインメント 2005-12-07
売り上げランキング : 12851

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

歌謡曲の時代歌謡曲の時代
阿久 悠

新潮社 2004-09-16
売り上げランキング : 717

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
ラベル:阿久悠 歌謡曲
posted by og5 at 19:52| Comment(0) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月22日

王子づくし

ゴルフ界には今や「ぽっちゃり王子」なんて奴までいるらしい。
油断も隙もありゃしない。
「ハンカチ王子」や「ハニカミ王子」だけでは飽き足らないのか。
何処まで行ったら気が済むのか。

とまあ取りあえず怒ってはみたが、悪乗りしたくなる気持ちも判らないではない。
あれだけ世間が騒げば、柳の下のドジョウを、もういっちょ、もう一匹、と狙ってみたくなるのが人情というものである。
僕もいくつか考えてみた。

「ハジカミ王子」
王子なのに添え物。
意地になって王様の地位を手に入れたのに、「おい、王様、薪拾って来い」と西城君に命令されていたこまわり君を思い出す。

「ハニカム王子」
万国びっくりショーみたいな番組によく出て来るヒゲ男。ヒゲかと思って近付くと、何と顔中びっしりの蜜蜂というオチ。
多分打たれ強い(構造上)。

「ハニバル王子」
レクター。
ちょっとリアルに怖いな。

「カミカミ王子」
下手な二代目漫才師。

「アマカミ王子」
甘え上手。
でも、甘えてる最中びっくりするといきなり強く噛むことがあるから注意が必要。

「ハンケツ王子」
・・・。

「ポンコツ王子」
何かどうでもよくなって来た。

そういえば「監禁王子」なんて奴までいたんだったな、この世には。
お後がよろしいようで。

※「温泉王子」や「半熟王子」ってのも考えたんだけど、自重しました・・・。
posted by og5 at 20:36| Comment(5) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月22日

ヒューマンビエラ

パナソニックのプラズマテレビ「viera」のCMを見て驚いた。
画面いっぱいに神田川俊郎の顔がどアップで映し出される。いつもとは髪型が違う。長髪で、耳にアクセサリーまでぶら下げている。
しかし、長髪で耳飾りをつけているのは当たり前で、神田川だと思ったのは、実は小雪だったのである。
絶対に親戚だと思うな。
     ↓
松下電器のCMギャラリー
posted by og5 at 21:30| Comment(0) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月19日

余剰なもの、連想

家の風呂の適温お知らせアラームは、ちょっと気に障る。
「ぴー、ぴー、ぴー、ぴー、ぴー、ぴー、ぴー」と、七回に亘って鳴るのだが、いつも「まだ鳴るのかいッ」と心の中で悪態をついてしまうのだ。
思い出しながら自分でピーピー言ってみると、七回という回数がそんなに過剰であるとも思えない。三回では少な過ぎる気がするし、五回も何だか中途半端だ。
でも、気に障るのである。
長渕剛を思い出してしまうのかも知れない。

中学生の頃、好きで観ていたテレビ番組に「遠山の金さん」がある。
松方弘樹や杉良太郎ではなくて中村梅之助の金さんで、正式には「遠山の金さん捕物帳」というのがその番組名であった。
そして、この主題歌が何とも過剰だったのである。
「♪気前が良くて二枚目で ちょいとヤクザな遠山桜〜♪」という歌の、この「ざくらぁ〜」の「〜」が、僕の記憶が正しければ、実に12四分音符分延々と続くのである。
この主題歌は結構癖になった。

春から「まるまるちびまる子ちゃん」という番組をテレビでやっていて、このドラマともバラエティともつかない番組の中では、よくゲストを交えたゲーム大会が行われる。
先週も、いったい誰のための番組なのか疑問に思いながら山本リンダの「狙いうち」のメロディに乗せてウララウララとダラダラ繰り広げられるしりとり歌合戦を見ていたのだが、その繰り返しがあまりにも無意味にしつこかったので、僕はふとあることに気付いてしまったのである。
「狙いうち」ってサラリン錠のCMソングにそっくりだ。
そういえば、アニメのちびまる子ちゃんでは今、大塚製薬のオロナイン軟膏のCMを流しているのだけれど、サラリン錠もまた大塚製薬の製品(便秘薬)なのであった。

時代劇スペシャルセレクション伝七捕物帳ボックスセット時代劇スペシャルセレクション伝七捕物帳ボックスセット
中村梅之助

ビデオメーカー 2007-06-29
売り上げランキング : 31573

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

posted by og5 at 20:46| Comment(0) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月14日

「ふはっ」の顔

「ムーンライダーズ 30年のサバイバル Who's gonna die first?」を観ていた時、ふと思ったことを書き留めておく。

鈴木慶一が、水木しげる先生の漫画に出て来る「妖怪に驚いて『ふはっ』となっている人」にそっくりだった。
posted by og5 at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月11日

歌の上手い人

今月の初めのことであるが、テレビで「お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャル」を観た。みんなで「上手い上手い」と褒め称えているが絶対に上手いとは思えない神無月がタカアンドトシを破って決勝に進んだ時点で風呂に入ってしまったので最後までは観ていないが、どうやらますだおかだが優勝したらしい。
それにしても、本当に歌が上手いと僕が思った人は、みんな途中で消えてしまった。そもそもそんな人は数えるくらいしかいなかった。
スピードワゴン小沢、村上ショージ、タカアンドトシのタカくらいだろうか。

小沢はとにかく声がいい。あんな声に生まれたら、もう一生は決まったようなものだとさえ思う。素人の歌う「雨上がりの夜空に」をこんなに安心して聴いていられるのは、奇跡的なのではないだろうか。
村上ショージは、以外にもまともであった。変に上手く歌おうという気がないのがいい。おそらく、ただ「ちゃんと」歌っているだけなのである。
タカは、細かいテクニックなど度外視して、ひたすら声を張り上げる。でも、その声がびっくりするほど魅力的なので、抗えないのである。グリークラブがロックを歌ってるみたいだと言われたシアター・オブ・ヘイトのボーカルをちょっと思い出した(ただし、後半息切れし過ぎ)。

神無月もそうだが、今回は出ていなかった友近なども、必要以上に歌が上手いことになってしまっていると思う。確かに、歌に強弱をつけたり、それらしい顔をしたりするのは上手いと思うのだが、絶対に外れてはいけないところで案外ぞんざいに音を外すのだ。
昔、近田春夫が「考えるヒット」の中で、小沢健二とユーミンは一般的にはあんまり歌が上手くないということになっているが、肝心なところでこの二人が音を外すのを一度も聴いたことがない、というようなことを書いていたはずだ。ニュアンスは違うかも知れないが、「音」というのは、ただ単に「音程」のことを指しているのではないだろう。
神無月や友近は、きっとただのカラオケ上手なのである。

テレビを見ていると、歌を聴かなくても、ああこの人はきっと音痴だろうな、と判る人がいる。例えば、菊川玲。何だか鞴(ふいご)の按配がおかしい、という気がする。
まあ、あまり人のことは言えないわけであるが・・・。

シングル・コレクションシングル・コレクション
シアター・オブ・ヘイト

日本クラウン 1999-09-22
売り上げランキング : 275400

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
posted by og5 at 16:42| Comment(2) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月03日

思い出にするタイミング

五代目 三遊亭圓楽 特選落語集 DVD-BOX五代目 三遊亭圓楽 特選落語集 DVD-BOX
三遊亭圓楽(五代目)

アミューズソフトエンタテインメント 2006-04-28
売り上げランキング : 12828

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

三遊亭円楽が先月末、記者会見を開き引退を表明した。25日、国立演芸場で行われた「国立名人会」で「芝浜」を演じたものの、本人曰く「ろれつが回らなくて、声の大小、抑揚がうまくいかず、噺のニュアンスが伝わらない」とのことで、今回の高座には最初からその出来如何では、との決意で臨んでいたのだという。
本人が決意した引退である。頑固そうな人だから、きっと誰が何と言おうと翻意などしないのだろうが、Asahi.comが伝えた東西落語界の大御所二人のコメントは、面白いくらいにその肌触りが異なっていた。

その一人は、「笑点」の司会を当の円楽から引き継いだ桂歌丸であり、当然と言えば当然なのだが、「まだ我々のお手本でいてもらわなくちゃならない人なんだ。引退なんてとんでもない。もったいない。宝物を捨てるようなもんだ」と引退に異を唱え、「きっちりとしゃべりたいという美学もいいが、完全主義も時と場合によります。失敗しても次にうまくできればいいんだ。『ろれつが回らないのが情けない』って言うけれど、治ると思えば治るんだ。今度会ったら、怒ってやりますよ」とまで言っている。
もう一人は、上方落語協会長の桂三枝で、「さみしい思いがする」けれど「円楽師匠は若いときからかっこいい落語家だった。芸人は死ぬまで現役というイメージがあるなかで、引き際の潔さを教えてくれた気がする」と語り、「今後は演者としてでなく、指導者として我々にアドバイスをしてください。お疲れ様でした」と結ぶのである(この段、「」内は全てAsahi.comからの引用)。

僕は、この二人のコメントを読み比べた時、以前テレビで観たある追悼番組をとっさに思い出していた。
それは、1993年、ハナ肇が肝臓癌で亡くなったのを受け急遽組まれた特別番組で、クレージーキャッツの面々や、渡辺プロダクションに所属する芸能人などが多数出席していた。
植木等も谷啓も、当然ながら悲痛な面持ちである。コメントを求められても、みな一様に言葉少なで、痛々しい感じがブラウン管のこちら側にまで伝わって来た。
井上順も、その場所にいた。そして、井上順だけが、その悲しみの輪の中で異質だった。
というのは、彼だけが、既に「思い出」を語っていたからである。他の関係者達がまだ「驚いている」あるいは「気持ちの整理がつかない」状態なのに、彼だけが、「よき思い出」、「過去のこと」としてハナ肇を、時に微笑みを交えながら懐かしんでいたのだ。
ハナ肇の死は井上順自身にとってもショッキングな出来事で、そのための動揺があのように発現してしまったのかも知れない、と今では思う(というよりも、思うことも出来る)が、それにしても僕にとって、忘れられない、異様な光景であったことには変わりがない。

円楽とのこれまでの付き合いの長さや深さ、それに芸に対する考え方の違いもあるだろう。もちろん、僕も歌丸と三枝のコメントに、優劣や好悪の差をつけようなどと考えているわけではない。
ただ、今回のことをきっかけに、思い出にするタイミングは難しい、と改めて思ったのである。

円楽のプレイボーイ講座 12章円楽のプレイボーイ講座 12章
前田憲男とプレイボーイズ 原田政長 三遊亭圓楽

ウルトラ・ヴァイヴ 2001-08-25
売り上げランキング : 2760

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
posted by og5 at 12:27| Comment(0) | TrackBack(0) | TV・芸能人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
with Ajax Amazon

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。